タグ:四国 ( 6 ) タグの人気記事


2010年 07月 25日

瀬戸内海 高松

高松に向かう羽田空港の朝、
手荷物検査を済ませ、ゲートに向かおうとしたとき
yumiyaneさん!と呼ぶ声。

びっくりして振り返るとなんと会社の同僚。
どこに行くの?と聞くと 高松 と。
私も・・・だけど。

彼の仕事がらみで、高松港を中心に開かれる2010瀬戸内国際芸術祭に行くところ。
私は琴平、なので、高松空港からあっち行きのバスとこっち行きのバスで別れました。
d0117481_2228472.jpg


丸亀で友人と別れたあと、電車に乗って高松へ。
そういえば同僚はどうしたかな?と携帯に電話すると
「今、めぎ島にいて、これからフェリーで高松に戻ります」というので待つことにしました。
d0117481_223179.jpg

高松の港は活気があります。
次から次へとフェリーが到着します。
高松の町が、活気があって、アーケードもシャッターがしまってないのは、この港のおかげかな。

その高松港に、いきなり出現した2本のポール。これも芸術祭参加作品のようです。
d0117481_2237814.jpg


そのポールを撮影していたら、大きな船が入って来ました。
d0117481_2239198.jpg


どれくらい大きいかと言うと。
d0117481_22402975.jpg


もっと大きさを分かりやすくすると。
d0117481_22473325.jpg

ちなみにこの「ふじ丸」は23,235t、定員600名、客室数163室の客船で、1989年生まれだそうです。
クルーズ情報を調べたら工事中とあるので、21歳の修復中なんですね。

Olympusの新しいレンズはなかなかいいです。
d0117481_2258162.jpg

遠~~くにヨットが浮かんでいましたが、撮れたかどうか?と思っていました。


40分後、フェリーで到着した同僚は、お茶を飲む暇もなく、一便早い飛行機に乗るためリムジンバスに乗って行ってしまいました。

高松港は、JRの高松駅から歩いてすぐ、琴電の高松築港駅もすぐ近くにあります。
栗林公園は中学のときに行ったから、今回はパスしました。
瀬戸内の海は青くて、お天気が良いこともあったけど、たくさんの人が港の公園で遊んだり、なんか元気があっていいとこでした。


d0117481_23215822.jpg


by yumiyane | 2010-07-25 23:23 | 旅(travel) | Trackback | Comments(6)
2010年 07月 24日

満濃池 まんのういけ~海岸寺

金刀比羅宮から下りてきたら、友達のともだちが車で迎えに来てくださいました。

香川県を訪れたもうひとつの目的、
空海に触れることです。

満濃池 まんのういけ 

司馬遼太郎「空海の風景」にいきなり出てきます。
空海が、讃岐の真野の地で荒れていた古池を築きなおして満濃池という、ほとんど湖ともいうべき当時の日本で最大の池をつくる工事の監督をしたことは、諸記録でうたがいを容れにくい

早い話が、雨の少ないこの地域に、灌漑用の池があったのが、あるとき旱魃が起き、空海に頼むしかないということになったということ。
d0117481_022327.jpg

当時の空海は48歳、すでに弘法大師の呼び名をいただいていた、絶頂期のころ。

池のそばにある説明にはこうあります。
空海は池畔の護摩壇上で秘法を修し加護を祈りつつ弓状堤防などの指図と説法をされた。
人びと空海の徳を慕い嬉々として集まり僅か三か月でみごと難工事を仕上げた。

d0117481_0351143.jpg


その後何度か修復されて、この池はいまでも灌漑用の水をたたえ付近の田畑に潤いを与えています。
d0117481_036539.jpg


友達のともだちは、仕事の傍ら、この空海を調べている人。
私の質問になんでも答えてくださる一方、次々と新しい検証を教えてくださいました。

司馬さんの本、そのほかの空海に関する文に必ずといっていいほど出てくる
青春時代の空白の7年間についても。
何故彼は中国語を唐に行く前から話すことが出来たのか。
四国の八十八か所のお寺は何のために建てられたのか。
何故空海の修行した吉野の山や、伊予の山、讃岐の地から、水銀や金、銀、銅などが産出したのか。


善通寺は空海の生誕地とされています、がしかし、本当の生誕地はそこから数キロ西にある
海岸寺である、というのです。
d0117481_115630.jpg

次の日に訪れた善通寺に比べ、恐ろしくひっそりと静かに佇む寺です。
そして
産湯にした井戸があって
d0117481_125281.jpg

ここだけ厳重に守られています。
d0117481_161519.jpg

土地の、知る人ぞ知る海岸寺。


この日、そのほか連れて行っていただいた寺に、
曼荼羅寺・・・空海がお母さんの菩提寺として建てた寺。
d0117481_1155131.jpg

出釈迦寺 拡大
d0117481_1182965.jpg

空海7歳の時、この山に登り断崖絶壁から身を投げると、釈迦如来と天女が現れて大師を抱きとめ「一生成仏」と言われたので、人々を救う人になろうと決心したのだそうです。

牛額寺
d0117481_1184752.jpg

月照と信海という兄弟の僧が得度した寺。なんと月照は、あの西郷隆盛と鹿児島の海に一緒に身を投げて亡くなった僧なのです。こんなところの出身だったとは。



空海について司馬さんも
もし空海が大山師とすれば、日本史上類のない大山師にちがいないという側面が、このあたりにも仄見えるようでもある
と愛情を持って述べておられるように(このあたりとは、満濃池の灌漑にさんざん手こずっているのを知りながら、請われるまでいかなかったこと)、
私も空海の側面を聞いてもなお、この偉大な人物の魅力を一層感じることの出来た寺巡りでした。

まだ続きます。



d0117481_158735.jpg


by yumiyane | 2010-07-24 23:58 | 旅(travel) | Trackback | Comments(2)
2010年 07月 22日

金刀比羅宮 Parlor 神椿

ここは、象頭山(ぞうずさん)にある大権現の琴平神社と真言宗の松尾寺が一緒になった神仏習合の神社で、海難事故からの守り神でありました。

金毘羅船々(こんぴらふねふね)
追風(おいて)に帆かけて
シュラシュシュシュ
まわれば 四国は
讃州(さんしゅう) 那珂の郡(なかのごおり)
象頭山(ぞうずさん) 金毘羅大権現(だいごんげん)
一辺まわれば
金毘羅 み山の
青葉のかげから
キララララ
金の御幣(ごへい)の 光がチョイさしゃ
海山雲霧(うみやまくもきり) 晴れわたる
一辺まわれば
・・・・・ 
一辺まわれば
お宮は金毘羅
船神さま(ふながみさま)だよ
キララララ
時化(しけ)でも無事だよ 雪洞(ぼんぼり)ゃ明るい
錨(いかり)を下して 遊ばんせ
一辺まわれば
・・・・・
d0117481_23415911.jpg

何段登るとなにがあって、といろいろあるのですが、
フーフー言って登ったため、早く休憩の500段にならないかと必死でした。

その休憩地は
d0117481_2345461.jpg

資生堂パーラーが経営しているカフェ&レストラン 神椿 です。

ここで神椿パフェを食べる楽しみを励みにしました。やっぱりそういうのがないとね~。
d0117481_2345116.jpg

せっかく登ったのに、ここに来るためには15段くらい下がります。
さらに何段か下りるとレストランがあります。
d0117481_23451921.jpg

ここに寄りたかったのは、田窪さんが作ったタイルに焼かれた白地に藍の椿の絵を見たかったこともありました。
d0117481_2344579.jpg

あいにく、白書院→椿書院 は非公開中で、外からも見ることができませんでした。


若冲の展示室も閉鎖中でしたが、円山応挙はみることができました。
d0117481_012247.jpg



ノルマンディの林檎の礼拝堂から、パリのギメ美術館の椿の絵、そして
香川県の金刀比羅宮へ。
彼の作品を追いかけて、ここまでやってきたなあ、との感慨は深いものがありましたよ。

by yumiyane | 2010-07-22 23:58 | 旅(travel) | Trackback | Comments(9)
2010年 07月 22日

うどん

讃岐となれば食すべきはうどん。
そのうどん
d0117481_23464787.jpg

延歴八年(西暦789年)瀧宮生れの智泉大徳(空海の甥)は菅原氏に嫁いだ弘法大師の姉智恵子の子・・・・・
が貧しかったので、空海が唐から持ち帰ったうどんの製法を教え たのが讃岐うどんの始まりだそうです。


そうなんだ、だから四国といえばうどん、うどんと言えば香川なんですね。

ということで、
金刀比羅宮に上がる参道、これから石段がはじまるぞ、というその手前に古~いうどん屋さんが2軒並んでいました。
その1軒「とらや」のうどん
d0117481_012051.jpg

土地の人は、こういう具の入ったのはあまり食べないようですよ。
この肉うどん750円もしました。ふつうはかけうどん350円くらいにしとくんだそうです。
しょうゆ味だったので、私の持っていたイメージとは異なりましたが、それなりにおいしい。

そういえば、呼び込みのおばあちゃんが言ってた、
醤油味だよ って。


私が思っていた讃岐うどんはこういうの。綾川町うどん会館滝宮の
d0117481_061256.jpg

きつねうどん、600円だったかな。


最後に食べたうどんは、高松空港の2階にあるさぬき麺業の、海老かきあげぶっかけ。
d0117481_0142458.jpg


空海が唐から持ち帰ったうどん。
讃岐の人たちは連綿と受け継いでいるんですねえ。

by yumiyane | 2010-07-22 00:16 | 旅(travel) | Trackback | Comments(10)
2010年 07月 21日

讃岐平野

朝一番の飛行機に乗って、高松空港に着いたのが9時10分。

琴平行きのバスは9時35分発で1、500円。乗客は15人くらいいたでしょうか。
私以外は全員、金刀比羅宮入口で降りられました。


バスから見た第一印象は、この讃岐国は豊かだなあ、という感想。
d0117481_093830.jpg



屋根の入り組んだ作りが多くて、
ひとつの屋根で済むところを、三つも四つも組み合わせる屋根瓦屋の喜びそうな設計です。
そして、軒のところに、ブルーの帯が貼ってあって、そこに飾りが入っています。
d0117481_23243455.jpg

あれは何ですか?と土地の方に聞いたら、金持ちのしるしだそうです。

金刀比羅宮の735段、本宮のある展望台から丸亀方面を望んだところ。
山の形に特徴があります。
d0117481_013529.jpg


夕方スコールがあって、でもそのときは車でタイミングよく移動中。
ホテルに一度戻って東の空を見たところ。
d0117481_0161931.jpg

合成ではありませんよ。
雨の降ってるところと、晴れてるところの境が見えました。

空海がいたころは、雨の少ない土地。彼が率先して作った灌漑用の池があちこちにあります。
d0117481_0192298.jpg

美しい讃岐平野を見れて、暑かったけど、お天気が良かったことに感謝しました。



d0117481_0222728.jpg


by yumiyane | 2010-07-21 00:22 | 旅(travel) | Trackback | Comments(10)
2010年 07月 19日

琴平 金刀比羅宮

琴平 は ことひら で地名
金刀比羅宮 は ことひらぐう で神社の名前
金毘羅さん は こんぴらさん で宗教の総称

とややこしい。

とりあえず、行ってきましたことをこの写真で見ていただきたくて。
d0117481_23501967.jpg

785段 石段を登ったところにある本宮。

その脇にあるご神木。
木にも気があるので、対話ができるらしい。
今年は本厄ということなので、万事うまくいきますようにお願いしました。


今回の旅は、自分を鍛える旅でした。
階段も石段も坂道も、とにかく登る登る。
下る下る。
足はふらふらです。
杖は必要でした。

そして、学ぶ旅でした。
まだ、ちゃんと復習してないから、目からうろこの学習については
のちほど、です。



d0117481_005538.jpg


by yumiyane | 2010-07-19 23:57 | 旅(travel) | Trackback | Comments(14)