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2011年 08月 30日

高円寺というところ

土曜日に高円寺に出かけました。

息子が高円寺の阿波踊りを見てみたい、と言うのです。

金曜日の東京新聞に、首都圏の主な阿波おどり、として
小金井
かせい(中野)
粕谷
成増
下北沢
三鷹
大塚
中村橋
初台
神奈川では、川崎、大和
埼玉では、南越谷

などなどで、阿波おどりが催されるとありました。

へえ、すごいなあ 阿波おどり、そんなにあちこちであるんだ。
じゃあ高円寺にでも行ってみようか、くらいののりでした。

環七も高円寺付近になると、左に入る道がすべて進入禁止。
なんだかちょっとわくわくしてきました。これは大掛かりな感じ、、、。

タクシーを降りるとすでに西のほうから何やらお囃子の音。

もう始まっているよ!
今年は、節電のため3時から6時の間で行われる由。よしよし。

まず、高円寺という寺が実際にある、ということを確認。
こんな都心にこんなにひっそりと佇んでいることにまず驚き。
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次第に商店街に近づいて来ました。

すると、警備の人たちが声を張り上げて、駅からの人を導いています。
このあたりになると、やっとこのお祭りがただのお祭りではない?ことに気がつきました。

駅から作られた一方通行の歩道には、どんどん人があふれてきます。

そのうち、道路が封鎖され、連が通過します。
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こりゃ、もう少し計画してから来ないとだめね、と少しあきらめムード。
KちゃんやSくんは、何が起きているのかさっぱりです。
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それでも、商店街の見物の波に割り込み、
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写真だけはなんとか。
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若い人たちがこんなに熱中するなんて、きっと面白いに違いない。
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来年は、あの桟敷席で見たいなあって、見る阿呆?
やっぱ踊る阿呆がいいなって、ちょっと思ってしまいました。
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ところで、島根原発さようなら、の署名にご協力ください。
インターネットでの署名はこちら、署名用紙のダウンロードもあります。
私は、西日本のどこかで、同じような事故があれば、日本は終わりだ、という危機感を強く持っています。
島根県と関わりのない方でも、サイトに行って、署名に寄せられたコメントをご覧ください。

by yumiyane | 2011-08-30 23:52 | 町(town) | Trackback | Comments(16)
2011年 08月 28日

マクドナルド上陸

大学3年生になった秋、
新宿に、マクドナルド なる、ハンバーガーショップがオープンしたらしい、
という情報で、行ってみようということになりました。

学校は小田急沿線、当時私は練馬区小竹町に住んでいたでしょうか。
東京に出たころは、東高円寺に住んでいて、新宿は経由地として一番訪れた都心でした。

マクドナルド1号店は、銀座三越に出来たようですが、その後相次いで、新宿の三越と二幸(にこう)今のアルタの1階に、ほんとにカウンターだけの小さなお店が出来ました。


ゼミが同じ友達と、部活が同じ友達と三人で、三越の軒先に作られたマクドナルドで、まずはチーズバーガーを食べました。

すると、少しやせ気味の、30代前半のカメラを持った長髪の男性が声をかけてきました。

女性自身のカメラマンですが、マクドナルドが日本に上陸して、若い女性に人気が出て来た
という記事のため、写真を撮らせてもらえませんか?


私たちはすでにチーズバーガーを食べてしまっていました。
すると、ボクが払いますので、ということで、三越で一度
場所を移動して、二幸店でもう一度、撮影のためにチーズバーガーを食べました。

味はだから、あまり覚えていません。
こんなもんか、と思ったのか、それとも一度にいくつも食べて、もうお腹いっぱいでおいしいと思わなくなったのか、それからしばらく買った覚えがありません。
今でも1年に一度買うか買わないか。


何日かして、先の男性から電話がありました。
ご協力いただいたので、発行した雑誌と、写真をお渡ししたい、ということでした。

何故か私が行きました。
電話番号を伝えたのが私だけだったのか、覚えていません。
どこかの喫茶店で、写真と記事の載っている雑誌を受け取りました。
それがこの写真です。

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採用されたのは一番下の写真でした。

先日、色々物を整理している時に出てきたのです。


私はそれしか覚えていないけど、他の二人は違うことも覚えているかもしれない。
今度聞いてみましょう。

3個食べたのかな~。
電話番号教えたの私だけだった?
彼ちょっとがっかりしたように見えたのを思い出したのよね~。

by yumiyane | 2011-08-28 00:43 | 若かったころ | Trackback | Comments(34)
2011年 08月 25日

覚える日

この歳になって来ると、覚える日が多くなってきます。

1月31日・・・チビKちゃんの誕生日

2月24日・・・・チビSくんの誕生日

3月29日・・・・2番目の姉の誕生日

4月28日・・・・亡くなった母の誕生日

5月21日・・・・母の命日

5月23日・・・・3番目の姉の誕生日

6月5日・・・・これは覚えなくても忘れないか

6月30日・・・・姪のMちゃんの誕生日(姪はいっぱいいるけど、よく会うので覚えてる)

7月24日・・・・父の命日

8月24日・・・・亡くなった父の誕生日

10月1日・・・・息子の誕生日

10月13日・・・・義兄の命日

10月21日・・・・兄の誕生日

11月27日・・・・嫁の誕生日

12月7日・・・・甥のT君の誕生日(甥は他にもいるけどよく会うから)

12月23日・・・・一番上の姉の誕生日


6月から8月にかけて、お友達の誕生日が続きます。
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もう覚えていられなくなって、失礼してしまうこともたびたび。
今年からやっと手帳を持つようになって、記憶する訓練は引き続きしなきゃいけないけど、バックアップも必要。
お教室の生徒さんのことも、カルテを作って記入していただくことにしました。
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すみません、身内の方、合ってますよね?
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☆8月26日(金)21:00~21:57 @NHKBSプレミアム
 『BS歴史館 幕末・安政大地震から村を救った男』

by yumiyane | 2011-08-25 13:11 | 身の回りのこと(around me) | Trackback | Comments(8)
2011年 08月 23日

ティ―ポットカバー

先日 Knit one below という編み方でご覧いただいたパーツをつなげて作ったものは

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ティーポットカバーでした。

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丸く編んだのを底にして、
二つの長方形をギャザーを寄せてそれにくっつけ、
上に縁かざりを付けて、
底の色と同じ赤とグリーンで紐を作り、縁飾りに通してしぼりました。
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なかなか愛嬌があって
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少し小ぶりのティーポットにはもってこい。
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改良の余地はたくさんあるけれど、
これはこれで可愛い。


真夏にこういうの編むの、どうかと思うけど
もう少ししたら、こんなカバーを使ったティータイムも、美味しいビスケットがあればね。


次 行ってみよう

by yumiyane | 2011-08-23 23:37 | にっと(knit) | Trackback | Comments(24)
2011年 08月 21日

埼玉県立美術館

今日は、梅雨のような雨模様。少し肌寒い美術館日和!?

京浜東北線、北浦和にある
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埼玉県立美術館に
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エル・アナツイのアフリカ 展を見に行きました。
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テキスタイルの仕事に関わっている友人から
「絶対観に行って~ 見ないと後悔するよ!!」
というメールが来たら、行かない訳にはいきません。

栃木の小山にいる友人を誘って、丁度中間点にある北浦和に出かけました。
だいたい、北浦和という駅があることを初めて知りましたが、
南浦和→浦和→北浦和 と続いて、このあたり、約束するときには気を付けなければなりません。また、北浦和、というマイナーな感じでも京浜東北線の快速は停まることを記しておきます。


面白かった!

美術館の入り口、冒頭に書かれた ごあいさつ の文の一部です

ガーナ生まれでナイジェリア在住の彫刻家エル・アナツイ(1944-)は、近年、リカーやビールの瓶のふた、あるいはシールといった廃品を使い、優美でスケールの大きな織物を織りあげることで知られています。
すでにヴェネチア・ビエンナーレにも二度招かれ、また作品も主だった博物館、美術館に収蔵されるなど、いまやアフリカのみならず、世界的にもめざましい活躍を見せています。
しかしながら、アフリカのアーティストをとりまく環境には複雑なものがあります。たとえば、アートワールドにおける彼らの居場所は、しばしば博物館と美術館の間で宙づりになっているのです


これだ。
アフリカ美術というと、プリミティブなもの、として、それこそ博物館入りしてしまいます。
そこにあるアーティスティックなものは、宗教上に使われたものとか、慣習的に使用されたもの、としての歴史的遺物・物体とみなされることが多かった、ということなんでしょうね。
しかし、
今回の展覧会では、エル・アナツイの彫刻を、美術と文化人類学の双方の視点から語る努力をしたのだそうです。
文化人類学、なるほど
彼の作品は、今や世界中の美術館が所蔵しているそうなのですが、私にはやはり文化人類学的視点から見る方が、ずっと彼の作品を理解しやすいような気がしました。
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会場では、彼へのインタビューが、いくつかの項目に編集され、あちこちのモニターから流れています。

その、リカーやビールの蓋をいくつもいくつも集めてつなぎ合わせたカーテンのようなもの、というより緞帳。
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膨大な廃品回収はどうしてやったの?
これを彼はどうやって切って繋げたの?
と ? が湧きおこります。
しかし、そのあとのビデオで分かりました。
この壜の蓋をつなぎ合わせるのは、彼の工房に何人かの手下がやってきて、ハンカチくらいの大きさのものをいくつか作って置いていくのです。それは彼の指示による時もあれば、勝手に作るときもあるようです。

アナツイはそれを色と素材を巧みに構成して、巨大な壁画を作るのですね。
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近寄ると確かにビンの蓋だったり、缶の蓋だったり、でも遠くから眺めるとなんて美しい。
そして、ものすごいエネルギーを感じます。
ガーナで生まれ、ナイジェリアで暮らしている彼は、一時イギリスに居ましたが、結局活動の場としてはアフリカを選んだということ。
今日、初めて彼を知って、ちょっとかじっただけだけど、
生活の中で使われていた道具としての木を使った彫刻、私はこれをとても美しいと思いました。
共謀者たち、と題されています
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会場内は撮影禁止だったので、買ってきたカタログから写真をもらいました。

入口に突然ある木の彫刻 「あてどなき宿命の旅路」と題されています。
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光に照らされたこれらを見ていると、もともと臼だった木の固まりが、人の姿に見えてきます。
カタログの説明にもありましたが、これが、薪を集める女性の姿なのだそうです。そしてまた、右側の倒れた木たちは、果たして生活に疲れて死んでいった人の姿なのでしょう。


文化人類学的な見方、それはその膨大な廃品回収のビンの蓋、カタログにもありましたが、欧米の飲食文化に覆い尽くされたアフリカの現状、そのリサイクルの蓋やシールを繰り返し使うことによって出来る文様が、アフリカにもともと根付いている染め、また織り物の文化を、カバーして余りあるアルミの緞帳を作り出しているところにあります。つまり、欧米文化に侵されていると見えても、根底には根強いアフリカの文化が息づいているのを見ることが出来る、という感想を持ったのです。
彼の伝えたいアフリカの現実、それをまぶしいくらい美しいとアートと思って見ました。
まさしくこの展覧会の主宰の思う壺にはまったわけです。


エル・アナツイのアフリカ 展
今月28日まで
埼玉県立美術館で行われています。

by yumiyane | 2011-08-21 23:00 | 美術館へ行こう(museum) | Trackback | Comments(10)
2011年 08月 18日

何が出来るのかな?

ストライプの長方形を二つと
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丸いもの
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何ができるんだろ
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明日できたら
うまくいったら
またご覧いただきますね。

Knit one belowという編み方で作ったストライプです。

by yumiyane | 2011-08-18 00:27 | にっと(knit) | Trackback
2011年 08月 14日

ロケットストーブ作りました

8月12日:サバイバル納涼会
会社の危機管理対策のひとつとして、東京が被災地になったとき、会社でどれだけサバイバルが出来るか、ということが課題になっていました。

そこで、
8月の半ば、夏休みも取らないで働く人のために、毎年行っている納涼会を今年は
“サバイバル納涼会” と題しました。

電気が通じない、お水が出ない、そうしたときに、あの
焚火小屋さんのロケットストーブを作ってみよう! ということになりました。
っていうか、私が作る!宣言をしたのです。

ガソリンスタンドでもらってくるペール缶より、一斗缶のほうが作りやすそうでした。
それに一斗缶なら手に入りやすいし、とも考えたのですが、はて、一斗缶はどこで?

そこで、なんでもこの頃はネットで手に入ります。
一斗缶も検索したら、割れせんの入っているものがひとつ3500円で売られていました。
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保証のため二つ。

次に、ストーブの煙突です。
これは、「ストーブ」「煙突」で検索してヒットした
ホンマ製作所のものをもとめました。
45センチの長さのものと、えび管という90度曲がったものです。
ここで、ある間違いを犯しました。
直径を把握していなかった。
ホンマ製作所のHPを見つけたときは、これだ~!と喜んで、サイズを確認しないで発注してしまったのです。
翌々日には届きました。
が、あまりの太さにびっくり、
これじゃ一斗缶が全部煙突で埋まってしまう!

それから hanaさん にお仕事中電話して、直径を聞きました。
hanaさん、申し訳ありませんでした。焚火小屋さんは、南三陸にボランティアで出張中でした。

ホンマ製作所のHPに戻り、直系106mmのものを見つけ、電話でお願いして交換してもらうことになりました。
このあたりの冷汗は、熱中症と相まって、大変な水分を必要としました。


このまえhanaさんにもらった冊子と焚火小屋さんのブログを参考に缶に穴を開け、さて
煙突の長さの問題になりました。
どうしてもステンレスの丸い筒状のものをカットしなければなりません。
届いた部品には、接続部におすとめすがあって、その組み合わせもポイントでした。

会社の同僚の女性が、あーだこーだ私が言ってるのを聞いて、
「煙突にも雄と雌があるんですか~?」 と気の抜ける質問を無視して

糸のこの細いのが、案外ステンレスを切るのに有効であることを見つけました。

しかし、それまでに一斗缶に穴を開ける作業で右手が腱鞘炎のようになっていましたので、
ここは助っ人に会社の男子に頼みました。


さあ、いよいよ完成です。
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隙間にはパーライト、ということでしたが、砂か土でも大丈夫とのことで、花壇の土を使いました。
煉瓦はいくらでも転がっています。
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問題はこれから、燃えるかどうかです。

燃料は、やはりサバイバル、ということで、会社の玄関に植わっている竹を使おうということになりました。
これならまだ7、8本植わっているので相当使えます。
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これをあらかじめ1本根元から切って、(丁度窓際にあるのが節電の消灯の邪魔をしていたので)3日ほど干しました。それを前日になたで小さく割きます。



12日金曜日当日です。
テスト着火のとき、多少煙が出ました。表参道であまりに煙が出ると消防車が来ます。
現に、この4月にも建物の汲み上げポンプが過熱して自動通報され、何台も消防車がやって来たこともありました。
それだけは避けねばなりません。


果たして、

一斗缶のロケットストーブ 凄い!です。

新聞紙を丸めたのと、竹の葉っぱを干しておいたのを火種にして、煙突の上部から入れました。
下の丸いところに、ステンレスの板(一斗缶のふたを切って作りました)で分けた上のほうに竹を入れて行きます。
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最初はやはり煙が出ました。
しかし、下から入れた竹が燃え始めたところで、煙突がゴーゴーと火を上げ始めたのです。
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鍋にお水を入れ、蓋をして火を絶やさず10分くらいしたところ、沸騰しはじめたのです。
この鍋で作るものは「にゅう麺」でした。
お水のときから干ししいたけの切ったのを入れておいたので、出し醤油とお塩で味付け、沸騰したところでそうめんを入れます。仕上げにごま油をたらしました。
トッピングは小ねぎ、すだち、天麩羅(ほんとのサバイバルのときはこんな贅沢はできません)を乗せて、
これが大好評!
私の作るストーブを、疑いの目で見ていた会社の男子連中、おもわず“うまい!” “信じられない” “すごい”。

にゅう麺のあとは、とっぽぎ。韓国出身のイムちゃん。
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まだまだいけたので、使い終わった割り箸を燃料に、アルミホイルにくるんだじゃがいもを熱しました。
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割り箸でもいけるところが、なんて凄いんだろう!

私は心の中で、“ロケットストーブって凄い” と何度も繰り返しました。
焚火小屋さん、
hanaさん、どうも有難うございました。


サバイバル納涼会ではこのほか、アルファ化米も炊きました。これは炊くというより、混ぜるだけで信じられなくおいしいご飯が出来るのです。
ただ、これは5kgで50人前のご飯が出来てしまいました。おにぎりにして冷凍しましたので、また何かのときに使えます。

このアルファ化米、出雲のものなんですね、今調べて分かりました。
出雲ってすごい!
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by yumiyane | 2011-08-14 00:47 | 身の回りのこと(around me) | Trackback | Comments(24)
2011年 08月 11日

addu mammaアドゥ・マンマvs Napolimaniaナポリマニア マニア

表参道の交差点を渋谷の方にどんどん歩いて、青山学院大学の校舎が終わった先のブロックの中に、この二つのイタリアンがあります。

ある友人が、アドゥ・マンマ の主人と友達で、7月にオープンする場所の向かいに、すでにイタリアンがある
ということで、どんなお店か行ってみよう、というのに誘われてNAPOLIMANIAに行きました。
ランチはとってもリーズナブルでおいしく、お店に二人いらっしゃるイタリア人も程よくて、、、、
何が? その週は3回ランチに行きました。 ↓ ナポリマニア
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ある日のランチピッツァ
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そうすると顔を覚えてもらって、それからランチのテークアウトを2回買いに行って、おまけしてもらって、
そのあと夜も4回行きました。

そうこうするうちに、7月4日アドゥ・マンマがオープンしました。
こちらには、もう夜、5回も行って、今夜も会社の女性陣を引き連れて行きました。

先にオープンしたナポリマニアは、すっかり人気になって、なかなか席が確保できなくなってきました。
どちらも20席そこそこの小さな店なのです。    ↓はアドゥ・マンマのカウンター席~厨房
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ナポリマニアは、日本人のマリオさんが中心に料理しますが、
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イタリア人のティツアーノさんが焼くピッツアがおいしいです。
普通はまずピッツァはマルガリータから始まると思うのですが、ここのは次のところから始めたほうが正解です。私はパルミジャーノにハマっていて、茄子が煮てあってそのソースがおいしいのです。
すずきのグリルは、檸檬が一緒に焼いてあって、その皮も食べてしまったほど。
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ジーノはビス・ボッチャで鍛えたサービスが売りで、痒いところに手が届きます。↓ある日一緒に行った同僚と
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毎回、自作のレモンチェッロとか、バジルのお酒とかふるまってくれます。先日MXテレビに出たそうで、そのときの話をしてくれますが、TVなんかで宣伝するとまたまた予約の取れないお店になるのかと思うと残念です。


一方、アドゥ・マンマのマダムは、日本人ですがきりっとした美人で、食材、特にオリーブオイルへのこだわりがあって、ソムリエでもあるようです。南イタリアのマンマが作るお惣菜イタリアンは、おばんざいとおっしゃっていますが、なるほどマンマが作る家庭の味かな、といつもおいしくいただいています。
先日、チビKちゃんとチビSくん、ママと4人で行きましたが、バギーも店内に置かせてもらえて、いい雰囲気でお食事出来ました。子どもがいるとなかなかお店選びが難しいです、特に表参道。

チビKちゃんは、すずきのグリルが大変気に入ったらしく、大皿に盛られたお魚の半分を一人で食べてしまいました。子どもはほんとおいしいものしか食べてくれないのです、ゼータク。

今夜の女子会は7人でした。
前菜をいくつかと、パスタを2種類、それになんとかっていう、ああ忘れた、タンバリンみたいな名前の    ↓アドゥ・マンマ
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リゾットをオーブンでもう一回焼く、やっぱり南イタリアのお料理、これおいしかった!
それで結構お腹がいっぱいになって、デザートとコーヒーで締めました。
このデザートは、友人が焼いたもの。月曜日だけ手伝っている友人のクロスタータを、木曜日に予約しておいた私たちのために取っておいてくださったようです。
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おいしかったよ、しっとりしてて、口のうるさい会社の女子にも好評でした。どうも有難うございました。

こうして、
今日は右にしようか
明日は左にしようか、
リピートするお店が最近なくなってきた表参道では
とっても有難いけれど、複雑なイタリアン対決コーナーとなっています。

by yumiyane | 2011-08-11 23:24 | おいしいもの(foods) | Trackback | Comments(24)
2011年 08月 08日

ジュリアもニッター!!

トム・ハンクスとジュリア・ロバーツの最新映画
その撮影現場での興味深いひととき。


アメリカ人って、気の利いたいたずらをするんですね。


撮影現場のスーパーマーケットの一室で、撮影スタッフたちに、ちょっとだけ編んだ編み針を渡して、そこにジュリアを呼んでくる、というもの。

ハンディな粗い映像をご覧いただいたので、この映画のこと、こちらでどうぞ。


日本での公開は、まだ決まっていないようですね。
しかし、ジュリアがニッターだとは知りませんでしたが、調べたら、彼女は相当なニッター。
すでに「金曜日の編み物クラブ」という映画で毛糸屋の主人を演じているのです。
ロケ地やセット内で出番待ちのとき、彼女が控室で編み物をしているのを想像するのは楽しいです。

by yumiyane | 2011-08-08 14:56 | にっと(knit) | Trackback | Comments(10)
2011年 08月 06日

8月6日 という日

東京新聞の朝刊の記事 ふたつ

ひとつ目:筆洗
「イロシマハナツノキゴカ」 と問うサラに 冬には詠まぬ 我を恥ぢたり(広島は夏の季語かと問うサラ)
という小川真理子さんの短歌を紹介しながら
八月のジャーナリズム という言葉があるらしい新聞業界を反省する記事がありました。
“私たちはいわば原爆忌を「キゴ」として「歳時記」の中に閉じ込めてしまっていたのかもしれない”

朝8時から始まった ひろしま平和記念式典 の放送が、いつもとは違う感慨をもたらしたのは私だけではないでしょう。
毎年この時期になると放送される、戦争回顧番組。世界平和を願うため、何が戦争に追いやったのか、また戦争・被爆の禍根は何を伝えるのか。それを季語のように捉えていたのでしょうね。
そうでなければ、原発と原爆は違わない、という被爆者の言葉は、今年ほどみんなの心には届かなかったのですから。


ふたつ目:一面の「原発に頼らない国へ」と題して、名古屋本社論説主幹 深田 実氏の記事
――――原発には賛否さまざまな議論があります。脱原発への一番の反論は、電力が足りなくなったらどうするのか、ということです。しかし、それには人の命と安全は経済性に優先すると答えたい。―――――

この表題はさらに「原発に頼らない国へ」論説特集として、他にふた面(見開き一面)を使って、東京新聞の姿勢を明確に脱原発と明記しました。

このように、社の姿勢を明記したことは、大変評価できることだと思いませんか。

・核のごみ処理―――世界に“正解”がない
・延びた寿命―――老朽は順次廃炉に
・崩れた三つの神話―――なぜ脱原発か
・自由な電力市場を―――自然エネ普及
・行政の刷新―――自然エネ庁をつくれ
・情報公開―――不透明では稼働できぬ

と項目を設け、併せて6人の論説委員が記事を書いています。

きちんと日本のエネルギー政策の転換が決まるまで、監視していかないと。


そう思いながら、10時に約束の山手線・恵比寿駅のホームへ向かいました。

去年の7月、香川県は丸亀に行った際、空海について新説を教えていただいた友達の友人が、南麻布の光林寺に、あるお墓を探す、というのに付き合いました。
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南麻布の、フランス大使館とマンションに囲まれた敷地、というよりもともと寺の敷地だったものか、という一角に
山 というほどではないにしても、林に囲まれたたいそうな墓地が広がっていました。

友人が探しているのは、京極家のある方のお墓。
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昭和44年に発行されたある本に、お世話になっている方の祖先のお墓が光林寺にある、ということを見つけた人に頼まれて、はるばるそれを探しにやってきたのです。
しかし、殿様のお墓はありましたが
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その写真のお墓はどこを探しても、、、、。
ほんと、一時間近く墓地のあっちからこっち、こっちからあっち、と坂や階段を上ったり下りたり。
私たち以外に誰もいない墓地でしたが、不思議なことに、なんの気味悪さも感じませんでした。

これじゃないの?というお墓もありましたが、
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墓碑に書かれている文字が違うらしいのです。

大汗をかいて、蚊に纏わりつかれながらも、結局見つけることはできませんでした。
もしかしたら、どこか別の場所に移されてしまっているかもしれない、、、、、。
友達の友人は、もう一度調べて出直してくる、ということでした。
もし、どなたか、お墓参りにいらした折に、その本の写真にある二つのお墓が並んでいる光景を見つけられましたら、教えていただけますようお願いいたします。


昨年丸亀に行ったのは、空海を知るためでした。そのとき出会った友達の友人は、京極家に仕えた人の末裔。
私の実家の紋がコクモツ四つ目だったことを伝えると、それは佐々木の筋だ、とその方とも遠い親戚になるという話。
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松江に赴任した京極忠高と、丸亀のつながり、そして光林寺に何故私が居るのかという、
やっぱり偶然は必然というお墓探しでした。

by yumiyane | 2011-08-06 23:54 | 身の回りのこと(around me) | Trackback | Comments(2)