にっと&かふぇ

knitcafe.exblog.jp
ブログトップ | ログイン

<   2007年 08月 ( 24 )   > この月の画像一覧


2007年 08月 31日

Cisternino というところ

イタリアのかかとのプーリア州にある小さな町、Monopoliから車で南東に20分くらいのところにチステルニーノはあります。オリーブの畑に囲まれて、少し高台にあるこの町は、ギリシャの街のように、建物が白く、赤い土に植えられたグリーンのオリーブと色彩が映えてとても美しい町です。d0117481_22105321.jpgd0117481_22113038.jpg















イタリアならどの街でも見られる、たくさんのお花で飾られた家もあります。
d0117481_22141214.jpg

d0117481_22184716.jpg
イタリアのこのあたりはギリシャ文化がもろに入ってきているところ、家の作り方も受け継いでいるようです。青い空、白い家、陽のあたるところはまぶしくて暑いけれど、日陰は涼しく7月でも長袖が必要でした。
イタリア人の名で、最後の母音がオで終わるのは男の名、アで終わるのは女の名となっているそうです。これってすごく面白い。Marioは男でMariaは女、ほんとだ。ダリオは男でダリアは女。ドナテッロは男で、ドナテッラは女。チステルニーノは男の町?ミラノ、トリノ、ウルビーノ、アレッツォ、、、じゃ、ローマ、ベネチア、ボローニャ、ラヴェンナ、、、なんて考えると終わらない。

by yumiyane | 2007-08-31 22:33 | Italy | Trackback | Comments(0)
2007年 08月 29日

Knitting 今編んでいるもの

魔法の一本針、というのがあって、多分ヴォーグオリジナルかもしれませんが、宿題で編んでいます。
d0117481_22445456.jpg
かぎ針のしっぽのところに穴があいていて、ひもを通します。アフガン編みのように糸を編んで、編み終わるとすっと抜いて、ひもが針の代わりをするわけですね。
d0117481_21555948.jpg
反物みたいなものを編むことも出来るし、モチーフつなぎみたいなものを編むことも出来るみたいです。私は、マフラー用に編んでいましたが、先を綴じて、マーガレットにしようかと思っています。
完成したらupしますね。

それから、次の宿題が、かぎ針編みの何か、ということで、今ゲージを編んでいます。ふたつの糸を買ってきて、どっちで編もうか、どっちの模様にしようかと考え中です。
d0117481_22501716.jpg
d0117481_22503089.jpg
両方ともwoolですし、編みあがりは9月の終わり頃だと思うので、秋ものになるでしょう。

by yumiyane | 2007-08-29 22:53 | にっと(knit) | Trackback | Comments(2)
2007年 08月 27日

Colleagues 仕事仲間

2週続けて、会社の若い同僚が、自宅にご飯を食べに来ました。
前週はラザニアを作りましたが、今回はただのオーブン焼き、でもおいしかった!!!
イベリコ豚、鶏肉、ソーセージ、あとは野菜・じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、しめじ。にんにくとオリーブオイルをかけ、香草で仕上げました。
d0117481_22263991.jpg
焼き上がりはこうなりました。ちょっと失敗だったのは、イベリコ豚が焼けすぎたこと。もっと下にしいておいた方が良かったです。
d0117481_22282055.jpg
ガーリックトーストも付け合せました。
家の近くのパン屋さんが、まだ夏休み中のため、紀ノ国屋で買いましたが、このカンパーニュは塩味がきいていておいしかった。
d0117481_22313626.jpg
おいしいもの食べて、残暑を乗り切りましょう!

by yumiyane | 2007-08-27 22:33 | friends | Trackback | Comments(4)
2007年 08月 25日

Saint-Maximin というところ

サン・マクシマンは、先に訪ねたサン・ボウムに一番近い、でも北東に20kmくらい離れたところにあります。ここが有名になったのは、その教会に、マグダラのマリアの遺骨がある、ということになったからです。
d0117481_2384816.jpg

それまでマリアの遺骨はヴェズレーの聖堂にあることになっていました。
教会の権威は、そこに誰が眠っているか、ということにあるのと、何の遺物があるかで決まるようです。そのため、時には交渉で遺物をやりとりした歴史は、どこの教会にもあるようです。
この教会の人たちは、マリアの遺骨を守るため、お墓の上に他の人のお墓を作ってカムフラージュしたりしたようです。
d0117481_23124289.jpg
しかし、どこの教会でもその美しさを競うために飾られる、そのファサードが剥ぎ取られていることからもこの教会に起こったさまざまな受難を想像することが出来ます。

by yumiyane | 2007-08-25 23:17 | France | Trackback | Comments(0)
2007年 08月 25日

Lisle-sure-la-Sorgue というところ

リル・シュール・ラ・ソルグは、プロヴァンスのAvignonの東20kmくらいのところにある小さいけど、とっても美しい川の流れている町です。この川はソルグという名前で、すこし上流にあるフォンテーヌ・ド・ボークリューズというところに水源のある川の支流によって囲まれています。
d0117481_17371881.jpg
川幅は広くないのですが水量は多く、とうとうと流れているため、水面は穏やかです。
d0117481_17394239.jpg

小さな町ですが、日曜日にはアンティークの市がたって、多くの観光客や近隣の訪問者でにぎわっていました。私たちは、川べりの中華レストランで、少し食傷ぎみのフレンチを休憩しました。
d0117481_17412038.jpg
フランスの田舎町で学ぶことは、どこの町もそれぞれの個性を持っているということ。あの町とこの町がこんがらがることはあまりありません。思い出すとそれぞれに町並みや食べたものまで思い出せることです。

by yumiyane | 2007-08-25 01:01 | France | Trackback | Comments(3)
2007年 08月 23日

Sunrise in Sakurashinmachi 朝早く

8月22日の朝5時に目が覚めたので、屋上に上がってみました。5時12分に太陽が顔を出しました。そして、
d0117481_22385473.jpg

雲が少なくて、ドラマチックな朝焼けはそれほどありませんでした。

暑~い一日の始まりを予感させる、朝の太陽が輝きはじめました。
d0117481_22424354.jpg

私の起床時間は7時半です。この夜明けから2時間半も眠っているのかと思うと、朝の貴重な時間がもったいない気がしてきました。夜はもっと早く寝ましょう。

by yumiyane | 2007-08-23 22:50 | 身の回りのこと(around me) | Trackback | Comments(0)
2007年 08月 23日

La Sainte Baume というところ

フランスはコート・ダ・ジュールからプロヴァンスのアルルへ移動する為、高速A-8を西に向かっていたとき、同行していた2番目の姉が、突然行ってみたいところがある、と言い出しました。サン・ボウム、マグダラのマリアが、サント・マリー・ド・ラ・メールから一人で布教のため移動した場所、30年もの時を過ごしたとされる場所、があるというのです。
d0117481_0364290.jpg
麓の駐車場から、徒歩で45分くらいの山道を登っていきます。道は整備されていて、車も通ります。ぜいぜいいいながら登ると、石灰岩の山の中腹に突然礼拝堂が。マリアが居たころはただの洞窟だったと思われるところに、のちに壁を作ったもの。
d0117481_0423498.jpg
中に入るとひんやりして、天井からはお水がぽとぽと、これを飲料水にしていたのでしょうか。
d0117481_0465244.jpg
私は特に宗教心はありませんが、マリアを思って、ここでは胸がキュンとなりました。洞窟は北を向いていて、夏は涼しいですが、冬は相当厳しかったと思われます。しかし平地からは随分登っていて、誰かがやってくるのが見てとれるため、身を隠しながら住まうのには都合がいいところだったことでしょう。
最初の写真の岩山の上に、見えるでしょうか小さな祠があるのです。さすがにそこまでは登りませんでした。マリアもそこまで登ったかどうか。後の人々によって作られたものだと思います。
2000年近く前のことゆえ、何が真実で、何が作り事か。しかし最大のサスペンスであることには間違いありません。

by yumiyane | 2007-08-23 01:01 | France | Trackback | Comments(2)
2007年 08月 21日

Stes-Maries-de-la-Mer というところ

フランスはプロヴァンスの南、カマルグの湿地帯の先に、サント・マリー・ド・ラ・メールという日本語表記にすると面倒くさい名前の小さな町があります。
名前の直訳は、海の聖マリアたち、でしょうか。
キリストが磔刑にあったあと、聖母の妹もマリア、ヨハネの母もマリア、そしてマグダラのマリアの3人のマリアが召使サラと舟に乗せられて、流れついたところだったと。今は地づつきになっているけれど、そのころは島だったらしいです。
d0117481_22292076.jpg


二人のマリアとサラはこの地に留まったようですが、マグダラのマリアは布教につとめるため、さらに別の地に移ります。
d0117481_22321077.jpg

召使のサラはエジプト人だったため、顔の色が濃く、そのためフランスのジプシーたちの守り神として5月と10月の巡礼者の祭りにはアルルにまで続く列が出来る、らしい。

この地を訪れたのは5年くらい前。
そしてダ・ヴィンチ・コードを読んだとき、
あれ???キリストとマグダラのマリアの子供の名前がサラ?どこかで聞いたことあるな。
もしかして、舟に乗せて流された召使いとは、二人の子だった?

何か頭の中で、ガチガチッとパズルがはまる音がしたような気がしました。

by yumiyane | 2007-08-21 22:40 | France | Trackback | Comments(0)
2007年 08月 20日

Vezelay というところ

フランスはブルゴーニュ地方にある、Basilique Ste-Madeleine サント・マドレーヌバジリカ聖堂は1979年に世界遺産に登録されました。その聖堂のある町がヴェズレーです。
d0117481_2329025.jpg
ここは、中世に、あのマグダラのマリアの遺骨がある、ということでたくさんの巡礼者が訪れ、教会は儲かり、大きくて立派な聖堂が造られました。ところが、マグダラのマリアの遺骨は、そこから何十キロも離れた、サン・マクシマンという町の教会にある!?ということになって、人は減り、教会は廃(すた)れました。19世紀になって、やっぱりお金をかけただけのことはあって、立派な聖堂でしたから、そこを修復して世界遺産登録となったわけです。
d0117481_23381946.jpg
中世というのはいったいどういう時代だったのか。大きく言えばローマ時代からこっち、ルネサンスより向こうということになるのですが。
それは私にとっても長い間の?でした。中世という時代は、キリスト教会がいかに存続していくかを試行錯誤していた時代のように思われます。富と力を蓄えた教会と、純粋に信じる心を求める修道院との対比が後にヨーロッパのそれぞれの町の財産となり文化となって残っていくのです。


               ヴェズレーの聖堂の丘の上からの眺め
d0117481_2335295.jpg
サン・マクシマンとマグダラのマリアについては、次の機会に。

by yumiyane | 2007-08-20 23:48 | France | Trackback | Comments(0)
2007年 08月 19日

暑い日が続いています

東京は昨日は久しぶりに曇って、ほっとする日でした。
d0117481_1423923.jpg

多摩川で、川崎市と世田谷区の両方の花火大会があり、家族で観て来ました。
デジカメで花火を撮るのは難しいので見ることに専念。そしたら、川崎と二子と両方が上がるものだから、もう気が散っちゃって。川崎見ようって思うと背中でドーンと、あれって振り返ると終わってて。観客もわーわー。取り決めて順番にやって欲しかったです。

d0117481_14275494.jpg
花火の帰りに、物凄い人ごみで電車に乗れないので、高島屋に寄ってボタン買いました。それでやっと完成。
もうずっと前に編みあがってたのに、ボタンが無くてね。
d0117481_14305445.jpg
製図して編むようになると、今度もうちょっとこうしようということが、製図の段階で決まるということが分かりました。

by yumiyane | 2007-08-19 14:36 | にっと(knit) | Trackback | Comments(2)