カテゴリ:映画(cinema)( 28 )


2017年 02月 28日

映画を観ました~アカデミー賞授賞式

タイトルの中に“編む”という言葉があって、編み物の映画?
と丁度封切りの日に暇だったので行って観ました。
その映画は編み物の話ではなくて、性同一障害の話でした。タイトルは「彼らが本気で編むときは」。
ほんとはマーチン・スコセッシの「沈黙」を観たかったのだけれど、出雲では月から金に一回しかやってなくて、次の機会にすることにしました。

遠藤周作氏の「沈黙」が映画化されたということを知ってから、何度か私の記憶が、ある時点に引き戻されて行きます。それは、新入社員のころ、だから今から44年も前のことです。

企画部というところに配置された私は、殆ど最初の仕事となるこのレコード制作のADになりました。
そのレコードのタイトルも、出演者の一部しか思い出せないところもありますが、忘れられない事件も、、、。
そのレコードのA面は、3人の出演者が銀座のクラブで対談する、というもの。その3人の一人が遠藤周作さんでした。そしてB面は、岸田今日子さん朗読の「沈黙」だったのです。
あのレコードは今もどなたかのコレクションの中に一枚でも残っているのでしょうか?

ADであった私は、銀座のクラブで行われた対談の録音テープをダビングし、その日のうちに遠藤氏の自宅に届けることになっていました。お昼前に作業を終えて、赤坂の津つ井でランチ会食中の当時の上司にこれから玉川学園に向かいますと報告に行きました。すると上司は“yumiyaneさん、もうお昼食べた?まだだったらここで食べて行くといいよ”と。時間の約束を知らない私は、そうですか!?とランチ定食を頂いて赤坂を離れました。今みたいに地下鉄千代田線がそのまま小田急線に乗り入れていなくて、地下鉄で代々木八幡まで行き、地上に出て小田急代々木八幡駅で乗り換えるのです。各駅停車しか到着しない駅、乗り換えのタイミングも悪くて結局玉川学園駅まで各駅停車で行ったような。数えたら代々木八幡から22個めの駅。今でも1時間近くかかります。
やっとの思いで着いた玉川学園駅。そこから電話して行き方を聞きました。そして歩き出した途端、少し先の道を一台の黒塗りの車が通り過ぎました。後部座席に座っていたのは遠藤さん!?
半信半疑の私は、ご自宅に辿り着き、お手伝いさんから今日は自宅には戻られないことを告げられました。
胸騒ぎの私は直ちに上司に報告を公衆電話で。今みたいに携帯はないですから。
いやーーーな気持ちでまたとぼとぼ赤坂まで戻った私。会社に戻ると出版社の担当者を巻き込んで大きな騒ぎになっていました。そのレコードは確か中央○論がらみ。出版社にはそれぞれ作家の先生に担当者が付いていて、担当者は先生に大変な気の使いようなのです。今考えると「沈黙」は最初に出版されたのは新潮社。何故そこに中央○論の担当者がいらしたのかは今となっては不明ですが、その担当者に社長が誤ってくれたと知らされました。
でも実はそんなに大変なことになった訳ではありませんでした。赤坂のホテルにお泊まりということが分かり、出版社の担当者を通じて遠藤氏に無事テープは届けられて、それをお聞きになった先生は次の日にそれについてのコメントを書いてくださり無事締切に間に合ったのです。私は社長に呼ばれました。“yumiyaneは悪くないよ、悪いのは上司の○本だ、だけどこれからは約束の時間は守らなければならない、分かったね”。
そのレコードの「沈黙」の岸田さんの朗読(こっちがA面だった?)は素晴らしかった!!!よどみなく、情感を抑えて、隠れキリシタンの信者と布教に来た神父の苦悩を、まるでそこに海があるように想像力を刺激する見事な語りでした。
公開されている「沈黙・サイレンス」を観る前に、もう一度遠藤周作氏の「沈黙」を読んでみたくなりました。



前代未聞・・・てこのことだなぁ って昨日のこと。
アカデミー賞の授賞式、去年の主演男優賞をとったディカプリオが「ララランド」のエマ・ストーンに主演女優賞のオスカーを渡し、彼女の落ち着いた長いスピーチのあと、いよいよウォーレン・ベイティとフェイ・ダナウェイが最後の作品賞受賞の映画の題名を告げるはずでした。
彼はいっとき逡巡して、他のカードが入ってないか封筒の中を見たけどほかには無かった。それでも腑に落ちない様子で隣に居るフェイに見せました。彼女は、何やってるの?ベイティ?って感じでカードを見るなり
ララランド~
って言ってしまったのですね。
このあとの騒動は、いろいろニュースでも取り上げられたようだから例年になく広く知れ渡ったようです。

この間違いはどうして起きたのか? エンベロープは毎回プレゼンターが封を開けます。作品賞のときもそうでした。それが主演女優賞の封筒であったなら何故封は開いてなかったのか?・・・それが謎でした。
式が終わったあとの受賞者のプレス取材時、主演女優賞のエマ・ストーンは、主演女優賞のエンベロープは私の手の中にあった!と証言していました。
では、封筒は二つあったのか?!

封筒はいつも二つ用意されているんだそうです。
イギリスのコンサルタント会社がこのアカデミー会員からの投票を集計し、授賞式用のエンベロープを用意し、鍵のついたアタッシェケースに入れて会場に持ち込むことになっている・・・これは聞いたことがありました。
二つ用意された封筒・・・これまでよく間違いが起きなかったものです、逆に。

たまたまオンタイムでWOWOWを観ていたので、この一部始終を見てしまいました。

アカデミー賞とかゴールデングローブ賞とかエミー賞とか、製作者を褒め称えるために作られた賞だけれど、この裏には計り知れないビジネスが潜んでいるのですよね。
私たちは、チケットを買って暗い映画館の椅子に腰かけて静かにスクリーンを見つめ、しばし現実を忘れて映画の世界に浸るわけです。
30億以上かけて作られる映画でも、1億円の製作費の映画でも心に残るかどうかでしょう。最近観た映画で一番残ったのが、フレンチの「エール!」、原題はLa Famille Bélier(ベリエ家の家族)。多分低予算。


映画っていいね。

by yumiyane | 2017-02-28 21:55 | 映画(cinema) | Trackback | Comments(4)
2016年 12月 15日

久しぶりに映画の話です

ブログのアップがままならず、ひと月に最低でも三回くらいは更新したい!と思っていますが、
時すでに12月半ばですよ~

いい旅をしたな~! と思う旅があります。
そんなひとつにフランスはノルマンディへの旅。
ノルマンディ上陸作戦の跡地を訪ねたときです。

私は戦争映画は好きではありませんが、先日WOWOWで「プライベイト ライアン」を観ました。
トム・ハンクスとマット・デイモン出演、またスピルバーグ監督がアカデミー監督賞を取った映画、でなかったら観なかったでしょう。
・・・・・・上にリンクさせた記事のコメント欄にmai-obachanがこの映画について触れています・・・・・

映画の最初の30分は目を覆います。本当の戦闘はこんなだったのか!!
連合軍の上陸をはばむドイツ軍の猛攻撃で、上陸開始の合図とともに夥しい若者の命が海のもくずと消えてゆき、海岸に寄せる波は赤く染まります。

若かったころ、「世紀の記録」というNHKのドキュメンタリーがありました。そこで初めて“ノルマンディ上陸作戦”という史実を知ったのです。連合軍とヒトラー率いるドイツ軍との攻防は、フランスにおいて山場を迎えます。レジスタンスと連合軍が手を組んでフランスからドイツ軍を追い出すのです。

ノルマンディを旅したときに、ル・アーブルという町に行きました。
その辺りの海岸沿いの町に比べると、近代的な街並みが多いその町は、実は第二次大戦で壊滅的な被害を受けたところ。再建された町並みは、2005年にユネスコの世界文化遺産となりました。
ノルマンディ上陸作戦のあと、ドイツ軍が占領していたその港を奪還するためのアストニア作戦によって破壊された町を人間の愚かさの象徴として登録されたのでしょう。

愚かさの象徴は、アロマンシェの海岸にもありました。連合軍の兵士を乗せた艦隊の残骸が当時そのままに置かれているのです。波間に朽ち果てるまでそのままに。

「世紀の記録」で観た当時の印象は、連合軍が優勢でドイツ軍をやっつけたんだ!というものでした。
実際ノルマンディに行って跡地を見たときには、そうだったかもしれないけれど何故に多くの若者は死ななければならなかったのか!? 
ところが、映画のシーンはあまりにも残酷なものでした。実際の死者数を数えたら、あのようなシーンになるのでしょうか。船のタラップが降りた途端ドイツ軍の弾にやられ、ノルマンディの海岸に足を踏み入れる前に多くの命が亡くなりました。
連合軍だけではなかったでしょう、ドイツ軍も同じこと。命がとても軽いシーンでした。映画だけなら良かったのに。
d0117481_0433932.jpg

映画の邦題はプライベイト・ライアン。原題はSaving Private Ryan (ライアン兵の救出)。
実話に基づいていて、四人兄弟のうち、三人の兄の戦死の報を受け取った母親を気遣って、アメリカ軍の参謀総長が一番下の弟を生還させよ!という命令を下し、その任務を遂行する8人の兵士の死闘の物語です。

映画の冒頭と最後のシーンは、生還したライアンが50年くらい経って家族を連れてノルマンディのオマハビーチの墓地を訪れ、夥しい十字架の中から自分の救出作戦のリーダーだったジョン・ミラー大尉の墓を見つけるところ。家族は増え、孫もたくさん居ます。生きていれば命は繋がる・・・


私が2008年の11月にノルマンディへ行こう!と決めたのは、カーンから南へ25kmくらいのところにある「林檎の礼拝堂」に行く計画を立てていて、折角なら少し足を延ばしてみようとしたものです。
普通の観光では行かないかもしれないその場所に行って見たいと思ったのは、中学生のころに見た「世紀の記録」や、「史上最大の作戦」の現場を見ることだけではなく、2008年の記事にも書いたように、戦争の悲惨さを体験した人から聞く機会が段々無くなっていく・・・という不安から、自分の目で確かめてみたいという思いでした。
人間はいろんなことを学習もするけれど、忘れて行くことも得意です。いやなことは忘れてもいいけれど、一番大切なのは命。このことだけは絶対に忘れてはいけないのです。
どんな命にも誕生の歓びがあったはず。そのことは忘れてはいけないのですね。




11日の日曜日に、出雲市佐田町の図書館館長さんからお知らせをいただいて、北海道の旭山動物園の前園長さんが講演なさるのを聞きに行きました。
テーマは、生きる意味って何だろう?・・・・動物から教えてもらった命の大切さ・・・・
小菅前園長は、動物の生態を面白く説明なさりながら命を繋ぐことの意味を話してくださいました。
身近な人の命は失うと悲しい、自分との距離でその悲しみの深さが変わると小菅先生はおっしゃいました。
そして、自分という個体が繋がってくるまでに、地球上のいろんな命を犠牲にしてきている、それだけ繋がってきた命はどれだけ大切なものか。

丁度この映画を観た後だったので、動物たちは命を繋ぐのに必死だけれど、人間はどうだろう。武器を持って異人種異教徒と戦って、自然淘汰しようとでも言うのでしょうか。

by yumiyane | 2016-12-15 08:42 | 映画(cinema) | Trackback | Comments(2)
2014年 03月 10日

故郷よ を観て

WOWOWで「故郷よ」を観ました。

ウクライナのチェリノブイリから北西3Km弱の小さな村、プリピャチの人々の物語。
d0117481_11353550.jpg

1986年4月26日1時23分に起きた原発の爆発事故。
そのとき主人公のアーニャは結婚式のさなかでした。
夫は消防士。原発で事故があったと知らされ、命令で式の途中で出動してしまいます。

数日経っても帰らない夫を探しに病院へ行くと、夫は大量の放射能を浴びていました。
看護婦が「近寄るとあなたも被ばくしてしまう!」と、結局夫は亡くなりました。
原発の爆発事故の収集のための石棺を作る作業をさせられていたのです。

事故当日何も知らされない村人が哀れです。
d0117481_1715161.jpg

防護服を着た男たちがやってきて、村のあちこちを燃やしてしまいます。


爆発の影響で雨が降ります。黒い雨が降り、木の葉は赤く変色してしまいます。
そんな中、村人は普通に過ごしてしまうのです。
原発の職員が事故を知り、傘を買い占めてみんなに渡すところが悲しいです。

主人公のアーニャは10年後、チェリノブイリツアーという旅行会社に勤務しています。
事故後の原発を見学に来る人たちのツアーを企画している会社です。
d0117481_17201721.jpg

事故のあった日のことや、その後の村のことを淡々と語ります。
d0117481_17212457.jpg

観光客が村を歩いていると、野生化した馬の集団に会います。
d0117481_17221253.jpg

福島なら、牛や豚でしょうか。

他のツアー会社では、犠牲になった人たちのお墓に、写真を持った家族が食事を持って訪れ
記念碑の前でピクニックです。
d0117481_17283915.jpg

勿論、何も食べたりしません。お供えするのです。

主人公のアーニャも、自分の髪の毛が大量に抜けるのを自覚し、パリに行くことを誘うフランス人の恋人に付いて、一度はこの地を離れようとするのですが、結局戻ってきてしまいます。
何故彼女は戻ってしまうのか?
映画では何も知らされません。

立ち去った村人の空家には、近隣から難民がやってきて住みついてしまいます。
これも哀れです。この村は今でも人が住むことが出来ない居住禁止区域になっています。
ウクライナではチェリノブイリから30km圏内が禁止区域だそうです。
それでも立ち去ることの出来ない人、帰ってきてしまう彼女。
どんなに危険でも、そこが故郷だからでしょうか。


私は、この映画で初めてその小さな村のことを知りました。
その村の人たちは殆どが原発の作業員の家族だったのです。

一昨日、NHKで福島の放射能を調べる番組をやっていました。
そこで、福島県浪江町小丸村のことを知りました。
d0117481_1744715.jpg

こんなにのどかで美しい村が
d0117481_17445240.jpg

突出した放射能汚染されている村になってしまっています。
d0117481_17481027.jpg

福島第一原発から10kmは離れていると思うのに、今でも高濃度の放射能が大気中にあるのです。
d0117481_17485138.jpg

岡野博士は、福島の事故以前から放射能の研究をしている方。ご高齢にもかかわらず、今でも車のフロントガラスに線量計を付け、福島のあちこちを回って放射線を測っていらっしゃいます。

地質学者や、生物学者にとって放射能が及ぼす影響を調べるのにこの地はまたとない研究場所となります。

ここでは、シベリア抑留から命を拾って帰国し、養鶏場を営み人生の晩年を幸せに暮らそうと地道に生きて来たのに、事故後5万羽に増えた鶏たちを餓死させねばならなかった一人の男性を映します。
結局彼は、終の棲家には戻ることができなかったのです。

避難せず極寒の体育館の隅に身を潜めて暮らす老夫婦。

故郷・ふるさと を捨てることが出来ない人は、その土地と生きて来た人なのですね。
土地と生きる、という当たり前な暮らしをしてきた人に、この放射能という得体のしれない問題が突きつけられたのはなんと不条理なことだったのでしょう。
人は自然の中で生かされています。自然が自在に操れると思いあがった人間に、この震災は痛烈な警告でした。
でも、原発マネーを受け取ったのでしょ、とか
原発のおかげで恩恵を受けたんでしょ、とか言う人がいます。

ウクライナのプリピャチの村人たちも事故後にさえ言っていました。
だって原発は安全で安心なんだよ、と。


今日の国会でも、原発推進派の議員が安倍さんに政府が原発を推進する訳を、自分の支持者にも分かるように説明してほしい、なんてお願いしていました。
馬鹿野郎と言いたい。確固たる信念を持って、原発が絶対安全で安心だと科学的に説明できる人なんていないでしょう。支持者を説得出来ないのなら原発推進なんて言うべきではないでしょう。

チェリノブイリの事故当時ウクライナはソ連の一部。国は事故を隠ぺいしようとしたそうですね。
消火活動にあたった消防士や軍隊の人たちは、放射能汚染の危険を知らされず、大量に被ばくして亡くなってしまった。防護服さえ着ていなかったそうです。
そんな国は怖い。
日本はそんな国になってはなりませんね。

by yumiyane | 2014-03-10 18:36 | 映画(cinema) | Trackback | Comments(12)
2014年 02月 09日

替え玉っていうこと

寒い日が続いていて、
東京でも20年ぶりの積雪だそうです。20年前にそんなことあったっけ?
よほどのことでもないと忘れてしまいますね。東京では積もった雪がその後なかなか融けないですね。
凍った雪の上を吹く風は冷たい!
インフルエンザも流行っていて、チビKちゃんはB型に感染、その後チビSくんとママに移ったらしい。
みなさんもお気を付けくださいね。


そんなわけで、外出を控え このところテレビで映画を何本も観ました。
昨日なんぞは英国ものを2本
「もうひとりのシェイクスピア」と「ブーリン家の姉妹」
あのころの英国が少し分かったような気がします。
「ブーリン家、、、」でヘンリー8世がそんなに悪く描かれていなかったのが意外でしたね。
ロンドン塔に行ったとき、どんなに悪者だったのか、っていう扱われ方をしていた、、、ような気がしたからね。
d0117481_18342.jpg

ヘンリー8世に当てがおうとしたブーリン家の姉より、妹の方を気に入った王様。その王様の気持ちを繋ごうと、身ごもって絶対安静中の妹に代わって、今度は姉を替え玉として王に取り入ろうとする父親。結局姉は男の子を産めなくて、王の気を引けないばかりか姦通罪で処刑されてしまう。
結婚は出来なかったけど、男の子を産んで田舎で平和に暮らした妹の方が幸せだったね、という話。また、男の子を産めなかったことを悔やんで近親相姦までしそうになった姉だったけど、最初に産んだ女の子が、のちにエリザベス1世となることに。
どっちが良かったのか、、、どっちでも良かったのに、、、。


そして 「もうひとりのシェイクスピア」
ウィリアム・シェイクスピアの作品は別人が執筆していたという「シェイクスピア別人説」をもとに描いた歴史ドラマ、ということ。
先のブーリン家の姉が産んだ、エリザベス1世の時代、シェイクスピアの書いた芝居が上演されるのだけれど、作者と言われた男は、学も文才もない役者まがいだった!?
その戯曲の中に世の中や国政への批判を盛り込んだのは実はオックスフォード伯エドワードだった!?

ウイリアム・シェイクスピア はウィキペディアでも綿々と綴られているのですが、その人物があの作品を書いたのかどうか疑う人が多くいて、こういう映画も作られてしまうのですね。

へえ~

映画では、シェイクスピアの作品に3人の男が関わります。
表向き ウイリアム・シェイクスピア の役者兼劇作家
詩人の男 ベンジャミン・ジョンソン、この男がほんとの作品を書いた作家との連絡係?
オックスフォード伯エドワード・ド・ヴィア、映画ではこの人物がシェイクスピア本人
d0117481_0484820.jpg

この映画は2011年に製作されているのだけど、まだ真相は謎のままなのですね。このエドワード役を、「ノッティングヒルの恋人」で、主演のヒュー・グラントのアパートの同居人の変なヤツを演じていたリス・エバンスだったとは。どっかで見たことあると思ったんだけど別人だね。

してみると、先日の替え玉事件
なんとかという方ではなく他のなんとかさんが18年にもわたって替え玉になっていた。
替え玉って言葉は不思議。
この場合、佐村なんとかさんが実は作曲した新垣さんの替え玉だった?ということにもなるのでしょうか。

なんかうさんくさい気がして、かねてからあまり注目していなかったのですが、
このたびどうして発覚させることになったのか。今の時代ツィッターやFBやネットの世界があいまいにすることを許さなかったのか、それとも他の問題が発生したのか。
金銭的な問題なら、シェイクスピアの時代にも起きていたと思われるし。
作品が良ければ、何年も経って楽曲が生き残って、資料を調べたらそんな事件が起きていたんだってね、ってぐらいになればこの騒動も意味があるのに。


だから、ここで言いたかったのは替え玉って どっちがどっちの替え玉か分からないってことですね。

by yumiyane | 2014-02-09 01:16 | 映画(cinema) | Trackback
2013年 09月 01日

雨のあい間

長い雨が降っていました。
ベランダの、ラベンダーセージの花に雨が当たって、
d0117481_23461770.jpg

盛んに咲いていた花の枝が倒れそうです。
d0117481_23472286.jpg

d0117481_23501729.jpg

メドーセージも咲いています。


この8月は島根県にたくさんの雨が降ってみなさんにご心配をおかけしました。
幸い、出雲地方は被害が少なく、私の住んでいるところも大丈夫です。
今朝の気温は22度。東京はそのとき30度と出ていました。
最高気温は26度、東京は34度と大きな差がありました。
出雲は朝からしとしと、梅雨のように雨が降っていたのです。

ところが夕方、長い雨に洗われた空が突然晴れて陽が射しました。
d0117481_23574028.jpg
d0117481_23575128.jpg
d0117481_2358360.jpg
d0117481_2358374.jpg

明日も明後日も雨と天気予報は言っています。
そんな合間に、こんな空が見えるのは嬉しいことです。


WOWOWで、「雨のニューオーリンズ」を観ました。
以前にも観たことがありましたが、結末を思い出せなかったのでもう一度。
1965年、ロバート・レッドフォードとナタリー・ウッド主演、テネシー・ウィリアムズ原作をシドニー・ポラックが監督です。
d0117481_054167.jpg

はがゆい映画です。でも、ああいう時代がアメリカにはあったんでしょう。
結末はあっけない、主人公の女性がせっかく幸せを掴みそうになるのに、雨に打たれて肺炎で亡くなってしまう。
原題は「This property is condemned」---この財産は没収されています。
Property =不動産 とナタリー・ウッド扮する娘アルバ が掛け合わされています。
娘は母親に所有されていて、自分の好きな人と結婚することも出来ない。

邦題が 「雨のニューオーリンズ」、これは観る人にすごいヒントをくれています。
ニューオーリンズに雨が降るのです。強い雨です。
あの雨に打たれたんだな、と結末を納得させられます。 ご覧になってない方には申し訳ない。

主題歌 「Wish me a rainbow」 が効いてます。

私の好きな映画のひとつです。

by yumiyane | 2013-09-01 23:42 | 映画(cinema) | Trackback | Comments(4)
2012年 07月 05日

映画のお話

このところ、お料理を扱う映画に嵌って、

「バベットの晩餐会」
d0117481_23443140.jpg


「リストランテの夜」
d0117481_23451194.jpg

それに

「Julie & Julia」
と続けてDVDを買ってしまいました。


バベットの晩餐会は、デンマークの映画。
素朴な田舎の村に、訳あって引っ越してきた女性が、ある日宝くじに当たって、そのお金を使ってお世話になった村人にお礼のご馳走を披露する、というお話です。
お料理はフレンチ、仕上げるタイミングとか、そのときに飲むお酒とか、至極の贅沢を味わう経験なクリスチャンの村人の緊張感が面白い。

リストランテの夜は、そのタイトルに引かれて買いました。
スタンリー・トゥッチの若い頃。かっこいいイケメンだったのですね。
イタリアからの移民でやってきた兄弟。上がプリモ、下がセコンド。
イタリアの料理に固守してアメリカ人の舌に迎合しない姿勢がいいのだけれど、それではお店が立ちゆかない。兄弟の葛藤が綴られます。
ロケ地はNJのキーンズバーグとケイーポートという海沿いの小さな町。こういうところあるだろうな、って思わせられます。

アメリカの友達・サンディとトニーが住んでいる、チェサピークビーチにもこんなドラマがありそうな気がしてきます。
良かったら、右のタグにあるChesapeakbeachをクリックしてご覧になってくださいね。


次のジュリー&ジュリアは、そのチェサピークビーチを訪ねる2009年11月のアメリカ行きの飛行機で観た映画でした。

もう一度見たくてDVDを買ったのです。あの牛の赤身肉のフランス料理「ブフ・ブルギニョン」を作りたくなりますよ。


土曜日に、映画を観ました。
「ミッド・ナイト・イン・パリ」
ウッディ・アレンの新作です。
主人公のしゃべり方や、いまひとつぱっとしないのに、何故か女にモテル、というのはウッディ・アレンの十八番。
この映画のことは、この方の解説で行ってみよう!と思いましたが、
この方も的確な映画鑑賞を語っていらっしゃいます。


この映画を観ながら、
あれ~っ!って思ったシーン。

アメリカ人の主人公が、アメリカ人のフィアンセとそのお母さんと一緒に買い物をするシーン。
その本屋、どこかで見ました。

「ジュリー&ジュリア」で、メリル・ストリープ演じるジュリアが、パリに赴任した夫と暮らすのだけれど、退屈な毎日。何かしたいといろいろチャレンジして、フランス料理に行きつきます。
英語で書かれたフランス料理の本----at last 、遂には彼女がその本を出版することになるのだけれど。。。
d0117481_2330228.jpg
d0117481_23301082.jpg

ミッドナイトの主人公ギルが、この本屋をうろうろするのです。
SHAKESPEARE AND COMPANY
ジュリアの時代は今から60年くらい前の話。一方ギルの時代は今くらい。
このお店、パリのどこかに存在するお店なのですね。
どこだろう?


ウッディはジュリアの映画を観たのかしら。
そんなことを思うと映画の裏方を想像するのも面白い。


リストランテの夜については、
別途書きまーす。

by yumiyane | 2012-07-05 22:45 | 映画(cinema) | Trackback(1) | Comments(12)
2012年 03月 20日

オペラ座の怪人 The Phantom of the opera

昨日、WOWOWで、何気にチャンネルを回して、ファントマ・オブ・ジ・オペラ を観ました。
25周年記念の、ロンドン ロイヤル・アルバートホールでのライブ版でした。

オペラ座の怪人は、映画で見たことがありましたが、昨晩のは格別な気がしました。

こんなに面白かったっけ?
とか
こんなに歌が良かった?
とか、
この役者の声、とってもいい!
とか、です。

インターミッションのあと、2部も釘づけで、最後のカーテンコールまでばっちり観ました。

このカーテンコールがかっこよかっただけでなく、びっくり。

主役の二人がお辞儀をしたあと出て来たのは、なんと 作者。
アンドリュー・ロイド=ウェーバーが出てきて、プロデューサーとかディレクターとか照明とか振り付けとか紹介しまくって、
さらにサプライズは
初代ロンドンファントマ役、初代オーストラリアファントマ役、初代どことかのファントマ役、初代どことかのファントマ役が出てきて、そしてそして
d0117481_0354059.jpg

初代ロンドン・クリスティーナ役、これがなんとサラ・ブライトマン
そしてあの盛り上がりのソプラノで歌う Sing my angel~ ♪ああああ~ Sing to me~ ♪あああ~
d0117481_0351084.jpg

を歌ってくれたのですねえ。


ミュージカルはやっぱりイギリスですねえ、って心底思いました。

イギリス、やっぱりね。って
何がかというと
先日、IL DIVO の武道館コンサートに行きました。
d0117481_028683.jpg

彼らのプロデューサーが、あのスーザン・ボイルが出現したオーディション番組で一番向かって右に座っていた、
サイモン・コーウェルだったとは。

イル・ディーボ のコンサートについては、超新参者の私の感想より、てぶくろさん、こすもすさんwhiteさんの記事を読んでいただければ、サイモンのプロデュースが如何に先見の明があり、発掘された才能が如何に素晴らしいかを理解していただけると信じます。



このオペラ座の怪人25周年記念、at the ロイヤル・アルバートホール を見逃した方に朗報!
東京プリンスシネマで、3月24日から1週間上映するそうです。

WOWOWってときどきいいものをやっています。




カーテンコールのあとに、こんなサプライズがあるなんて、このチケット欲しかったわ。

by yumiyane | 2012-03-20 23:58 | 映画(cinema) | Trackback | Comments(12)
2011年 09月 24日

このあいだ観た、ゴーストライター

執筆を仕事としていない有名人が、自伝本を出すときにお世話になる人のことです。


この映画では、イギリスの元首相。
彼の自伝を書くのを引き受けたゴーストライターが、前任者の不審死に疑問を持って
訪ね歩くあたりから、主人公の謎解きが始まるのです。
d0117481_2347341.jpg

主演のユアン・マグレガ―は、いつもそんなにカッコいい役はやらないけど、決して悪人はやらない、そして死なない。
だから、その点は安心して観ていられます。が、、、。
あれ?「天使と悪魔」では死にましたか?
でも、一番悪い人は他にいましたね、やっぱりね、って思いました。

それはさておいて、、、。


フランス・ドイツ・イギリスの合作映画で、主人公は元イギリスの首相のゴーストライター。
そこにCIAがからんできて、元首相とは、ブレアのことらしいけど、
アメリカのやり方に追随していったブレアに対する批判が、実は裏で糸を引いてたのが、、、、、と。

ユアン・マグレガ―はいいですよ。



他国で起きたことを批判するのはた易いです。
それは立場の違い、もあれば情報量の違いもあるでしょう。

情報統制が行われやすい中国を、外から見れば信じられない不自由さを感じますが、
そういうことは、日本でもありますし、アメリカでもあるでしょう。
いずれ分かるのです。この情報化社会。
インターネットというツールを使って、いずれどこの国でも自国で起こった不祥事や隠蔽は
あっという間に明らかになってしまいます。

何が起きているか、事実・真実をどれだけ伝えるのがいいのか、その判断をするのは大変なことです。
人の上に立つ人は、いつでも何が起きてもどう対処するか、想像力を働かせないといけません。

ここで見ることのできる映像は、つい最近になって友人のブログに書きこまれたコメントから知りました。
もっと前に見た方もいらっしゃるでしょう。


私は、スピーディの解析画像を見た時に、放射能の広がりの事実を認識しましたが、爆発の内容までは知りませんでした。

国民を不安に陥れてはいけない、という判断はあるかもしれないけれど、
ことと次第によっては、事実を伝える怖さも克服してもらいたいです、人の上に立つ人は。

原発を引き受けている自治体の長は、少なくとも誘致によるばらまきのお金は、
何かあったときに自分たちの土地を守るために使って欲しかったし、プールしているべきでした。

浜岡原発から11kmしか離れていない、スズキの工場が、何かあったときのリスクを分散させるために
牧ノ原市の工場の移転計画を始めたそうです。
住民にとっては、原発よりスズキのほうが大切。
静岡県知事には相当なプレッシャーがかかっています。




ゴーストライターの結末は、ちょっと腑に落ちないものでした。
ロマン・ポランスキー って、どうしてもハッピーエンドにはしてくれないのですね。

by yumiyane | 2011-09-24 00:40 | 映画(cinema) | Trackback | Comments(10)
2010年 09月 28日

ラッキーナンバー

ラッキーナンバー7(邦題)という映画がある。
d0117481_2332832.jpg


原題は、ラッキーナンバー・スレブン という。
ラッキーでもなんでもなくて、八百長競馬にひっかかった男の悲劇の話だ。
馬の名前がスレブン、
ただ、そのレースでの出走順が7番だったので、邦題がラッキーナンバーセブン、となったのか。

この映画、ブルース・ウィルスが出るあたりで、だいたいどういう映画か想像がつく。
しかし、2006年公開ということで、わりと最近の映画だ。
モーガン・フリーマン、ベン・キングスレイ 主役がジョシュ・ハートネット と結構豪華な顔ぶれ。
ダニー・アイエロもチョイ役で出ている。
しかし恋人役がルーシー・リューとは、まあ、この方の役どころが検死官というので、なるほど年季が入っているわけだ。
映画の話は、これからご覧になる方もいるかもしれないので、これくらいにしておく。

ラッキーナンバーの話。
西洋でラッキーナンバーが 7 と言われるのは、神が世界を作って、7日目に休息日としたからだろうか。

中国では 8 らしい。末広がり、科学記号で無限が立ちあがった数字。
北京オリンピックは開会式の日時を
2008年8月8日8時8分 としたんだって。あれからもう2年も経ったなんて。


風水でのよい番号は 1 6 8 らしい。どうしてそうなのかは知らない。

さて、
私のことだが、
ラッキーというより、守られてるあるいは囲まれてる、と思う数字がある。
それは



初めてこの番号のことを意識したのは高校1年のときだったか。
クラス別球技大会があって、バスケの守備位置がだった。
それからバレーボールをするときも何をするときもゼッケンに5をいつももらっていた。

もともと5人兄弟の末っ子、5番目として育った。
生年月日は 1950年6月5日。

現在で言えば、
会社の健康保険証の番号は、記号○○○ 番号
このため、会社のシステムにアクセスする番号がすべて5で始まる。
内線番号は608
6+8=14 1+4=5
ここまでいうとこじつけになるかもしれないが、こういう数字の出し方もある。

ほかにも知らないところで身の周りにあるかもしれない数字。

※あ、まだあった、今の住所
郵便番号の最後が -0015
番地の最後が -15
部屋の番号が #305

ちょっと不思議な気がしたので書いてみた。

d0117481_23422712.jpg

その映画のことだけど、
ときどき出てくるお部屋のインテリアが気になる。
主人公が出入りしているアパートメントの通路とお部屋の壁紙に特徴があるのだ。
最初のシーンの電話のある部屋の壁紙も。くどいんだけど、あんな部屋に毎日暮らすのはつらいだろうけど、キッチュ っていうのかな。
なんというのか、すごくアメリカンなインテリア。美術が1970年代って感じ。
監督ポール・マクギガンは、1963年生まれ、当時42-3歳という若さ。
主人公のジョシュ・ハートネットが、その演出タッチをすごくうまくこなしていると思う。

by yumiyane | 2010-09-28 23:42 | 映画(cinema) | Trackback | Comments(10)
2010年 09月 04日

シニア料金

久しぶりに映画でも観に行こうかと言うことになって、この前の日曜日に出かけました。
瞳の奥のなんとか、がいいか、アンジーのスパイものがいいか、ということになって、
友人が、
暑いから、重たくないものがいいわ、ということになって、
「ソルト」になりました。
この映画のことは、リンクさせていただいている映画の心理プロファイルさんが的確に教えてくださると思います。


久しぶりの映画館だったので、並ぶのはいやだわ、ということで、渋谷のシネなんとか(西武のB館を曲がったとこ)、は全席指定で、二日前に買えるということだったので、会社の帰りに寄りました。

日曜日の1番目、10時からの回だったせいか、封切られてから数週間経っていたせいか、がらがらでした。
一緒に行った友人は同い年ですが、まだ誕生日が来ていないので1,800円、
私はとうとう1,000円になりました。
こりゃあいいわ。
この差は大きい。
どうりで、しかも日曜日の朝一の回は白髪が目立ちました。

「ソルト」は面白かった。
アンジェリーナ・ジョリーは全開で、こんな強い女性っているのか、いたらいいなあ、って思わせます。
もともと彼女が世に出た映画は、「ボーン・コレクター」。警察官の役でしたから、正義感は充分です。
この映画はスパイ映画なんだけど、何故か彼女は正義感の強いスパイなんだな。
d0117481_23114573.jpg




ああ、面白かった!お腹すいた、と近くのトップスでカレーを食べた後、虎ノ門に行きました。
ホテルオークラで開かれていた、平山郁夫展を観るためです。

平山郁夫さんは、昨年12月にお亡くなりになりましたが、最期の病床においてまで絵筆を取られていたようです。
シルクロードを描いた、月の砂漠を行くラクダの隊商の絵が好きです。
昼は燃える太陽に耐えながら、夜は月の光に照らされて隊商が進みます。

これらの絵は、八ヶ岳山麓にある、平山郁夫シルクロード美術館で見ることができるようです。
これは是非行かなければ。
小渕沢駅からタクシーで10分だそうです。
私は、平山さんの笑顔を見ると、何故か涙腺がゆるんでしまうのです。
d0117481_2385185.jpg


by yumiyane | 2010-09-04 23:13 | 映画(cinema) | Trackback | Comments(14)