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2015年 12月 08日

ポルトベーネレというところ~マッサ カッラーラ

ポルトベーネレに連れて行ってもらいました。
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カッラーラの中心部から海岸に降りて行って、ラ・スぺツィアを目指してぐるっと湾を回ったところにポルトベーネレがありました。
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お昼時だったので、どこのレストランも大賑わいです。

美味しそうだなあって覗きながら歩いて行って、半島の突端にある教会まで行って見ました。
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上から湾を眺めると、たくさんのボートやヨットが行き来しています。
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こちらはリグリア海につながる方です。
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ということはずっと海岸を西に向かっていくと南仏。海の色といい風の色といい、コート・ダ・ジュールに繋がるものを感じました。
でもご飯はきっとこっちのほうが断然美味しいと思う。
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海老が食べたいと言って二種類も頼んでもらいました。
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もう大満足のランチでした。
そのランチは、教会と街を見たあと船着き場に行って
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お迎えのボートに乗って行くところです。
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知る人ぞ知るレストラン。上の階はホテルになっていました。
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壁には数々の有名人の来店時の写真とか賞状とか所狭しと飾ってあります。

そんなところにあの船着き場で待っててボートに乗っていく!なんてなかなか出来ない。現地の方が居てこそ、いい経験させてもらいました。一緒に行った友人もとっても喜んでましたよ。


その日の夜はスーパームーン。
Facebookで日本の友達が何人かその日の月の写真をアップしています。
カッラーラにもやがて同じ月が昇ってきました。
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丁度飛び入りのイギリス人のお客様がみえて、茶会が始まりました。
私の友人は不昧流のたしなみがあって、KazukoさんのB&Bでお茶を飲みながらお月見をしようと、いろいろ準備をしてきてくれていたのです。さらにArsApuaにはお茶会のお客様もたくさんいらっしゃるとかで、お道具が揃っていたのですよ。
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出雲のお菓子とおいしい抹茶を振舞うことが出来ました。Nobuちゃん、ほんとに有難う。
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こうしてカッラーラの二日目の夜も更けて行きました。

by yumiyane | 2015-12-08 01:14 | Italy | Trackback | Comments(4)
2015年 11月 28日

Carraraの大理石 ~イタリア旅つづいています

明日はポルトベーネレ と書きましたが、昨日WOWOWで「ヴァチカン美術館 天国への入口」を観て、大理石の彫刻に感動したので、先にカッラーラの大理石についてレポートします。
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KazukoさんのB&B・ArsApuaから正面に見える山が大理石の山です。目を凝らして見ると、石切り場にかかる橋も見えました。
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古代ギリシャの彫刻群がどこの石を使っていたのかは分かりませんが、ミケランジェロ・ブオナロッティはここカッラーラの大理石を使っていたそうです。

そのころは石を切り出すのにも大変な思いをしていたと、麓の町コロンナータの教会の前に当時の様子が大理石に表されています。
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コロンナータの町には小さな教会がありますが、さすが大理石がふんだんに使ってありましたよ。
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大きなトラックーベンツのトラックを初めて見ましたが―が何台も白い粉をまき散らして行き交っています。
ヴァチカンのサンピエトロ大聖堂に行くと、どこからこれだけの大理石を持ってきたのか!?と見る者を圧倒する色とりどりの大理石で埋め尽くされています。
ローマの町の中にもたくさんの彫像が並んでいるし、いったいどれだけの石を切り出したのでしょう。
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あのトンネルに入って行きます。
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こんなトンネルを平気で走り回るKazukoさん、凄い!
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話では、石を切り出して、切り出して、どんどん穴を掘って行くと突然崩れるんだそうです。そうするとそこはそれ以上は入ってはいけない!と山が言っているので止めるんだそうです。
このごろはホテルだのなんだのと、大理石の需要は尽きることなく、アラブの大富豪も買っていくそうです。
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街へ降りる道の途中にお土産物屋さんがありました。
大理石は、やはり美しいです。
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私はテーブルの上で使う小さな小さなまな板をひとつ買いました。
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日本にも大谷石とか、出雲の近くには来待ストーンとかやはり石切り場があります。来待ストーンは今はもう切り出していなくて、跡地がミュージアムになっています。大谷石は最近また新しい採石場が作られたようです。
日本でも石の需要はこれから増えるでしょうからね。
そういえば、カッラーラの駅で日本人の男性に声を掛けられました。石を切る機械を売りに来て、石を買って帰るのだそうです。

カッラーラの町にも聖堂があって、全面大理石で造られていました。丁度オルガンを弾いている方がいて、石の反響が美しく響いていましたよ。
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神様が、もうその辺でやめとけよ、って言われるまできっと何台ものトラックが運びだし、美しく削られた滑らかな彫像や、美しく磨かれた床や壁になって、私たちの目を心を楽しませてくれるのでしょう。

by yumiyane | 2015-11-28 00:36 | Italy | Trackback | Comments(4)
2015年 11月 22日

Carrara というところ~イタリア旅のつづきです

今思えば、9月にイタリアの旅が出来たのは、幸運だったなあと思います。
今のヨーロッパのアメリカの不穏な状況を見ると、もうしばらくは動けません。
空爆をするからテロが起きるのか、テロがあるから空爆をするのか。あのなんとかステートの激しい行動の原点がどこにあるのか、何を読んでも分かりません。
9月27日、フランスがシリアへの空爆を始めたころ、そんなこととはつゆ知らず、私は楽しくイタリアはカッラーラへの旅を続けていました。

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CarraraのKazukoさんと、ブログで初めてコメントを交わしたのは2011年の1月のこと。それからカッラーラというところに興味が湧いて来て、去年の4月に出雲にいらして頂いてからはいつ行く?というレベルに達し、今回の訪問が実現しました。
Googleの地図でイタリアに飛んで、トスカーナの西の海岸あたりに近づいて見てみると、山が白くなっていることに気が付きます。雲ではない、雪でもない! では何?
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答えは:大理石です。大理石の山なのです。
そして ↑ の☆じるしのところにKazukoさんのArsApuaがあるのです。
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カッラーラで一番の眺めのいい場所です。

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私たちが到着した日、ワイン造りのための葡萄の収穫が行われたところでした。
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私たちも手伝いましたよ。
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詳しいことは分からないのですが、先日のコメントでもこのワインが順調に熟成が進んでいるという数字が出ているそうです。2015年のArsApuaのワインを飲むことを楽しみにしています。
今後はもっと葡萄畑を広げて、おいしいワイン造りを極めていくそうですよ、楽しみだわ!!
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ArusApuaには、リンダとジジという猫ちゃんがいて、くうちゃんのこと思い出して羨ましかった。
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シッターさんに預けて旅に出ていたけど、くうちゃん寂しかったんだろうなってまたぐすん。

朝から大忙しのKazukoさん、収穫の合間に駅まで迎えに来ていただいて有難うございました。
そして、お夕飯まで。手長海老のパスタの作り方も教わって、おしゃべりしながらのディナーはとっても美味しかった。私たちが部屋に引き上げたあとも一人でワインを空けたとは、どれだけエネルギッシュなんでしょう!
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こうしてカッラーラの初日は暮れて行きました。
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明日はポルトベーネレに行きます。

by yumiyane | 2015-11-22 01:38 | Italy | Trackback | Comments(6)
2015年 11月 14日

Firenzeに行きました~イタリア旅のつづきです

初めてFirenzeに行ったのは、初めての海外旅行のとき、1988年でした。27年前です。
その旅はルネッサンスを訪ねる旅と称して、ローマ~フィレンツェ~ベネチア~ミラノ、そして列車に乗ってパリまで。一緒に旅した姉の具合が悪くてホテルで休んでいたので、フィレンツェは一人で歩き回りました。アカデミア美術館とかサンマルコ修道院とか観たのかな。ホテルはシニョーリア広場の角を曲がったところで、名前もシニョーリアが付いてた気がします。覚えているのは美味しいレストランに行ったこと。白いいのししという名前のところ、あのときは美味しかったのに、2度目に行ったときはそれほどでもなかった。最近は味が落ちたと聞きました。もう一か所美味しいレストランがありましたが、名前も場所も全く思い出せない、残念です。ディナーでフルコースを期待されましたが、二人でひとつのステーキを注文したら、しょうがねえなあ って。
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二度目に行ったのは大学時代の友人と二人旅。やはりローマから入ってアッシジ~フィレンツェ、ベネチアに行ってミラノから帰国しました。いろんな記憶が断片的なのだけれど、泊まったホテルは駅の近くのホテルロンバルディア。あのころは安くて1泊5,000円でした。聖堂にも近くてお買い物にも良かったのだけれど通りの車の音がちょっとうるさかった。今は一般車は乗り入れられない区域です。

三度目のFirenzeは、二度目の旅のベネチアからミラノまでの列車の中で知り合ったアメリカ人夫婦との旅。
え~? って思われるかもしれないけど、ほんとの話です。
1995年に行ったイタリアの旅で知り合った方は他にもいらして、アッシジからフィレンツェの列車で知り合った日本人女性とは、東京で何度もお会いして、今も年賀状のやりとりが続いています。
アメリカ人夫婦とはサンディとトニーのこと、このブログにも何度も登場しています。今はChesapeakBeachに住んでいて、タグにあるのでご覧になってください。
その彼らとイタリア旅行をすることになりました。待ち合わせたのはコモ湖のほとりにあるホテルマルコス。そこから列車に乗ってペーザロまで行き、バスでウルビーノへ。そこに1泊してからフィレンツェまで汽車に乗って。フィレンツェに2泊してそこで彼らと分かれました。そのときの宿については今でも一緒に行った友人と笑ってしまう思い出の宿。サンディが予約していたのだけど、ナチョナーレ通りにあって(確か)彼女が選んだ無駄のない合理的な宿でした、笑。
泊まった宿でそれぞれの旅を思い出しますね。

ということは、今回は4度目のFirenzeということでしょうか。ここでは1泊、宿はフローレンスルームB&B。フィレンツェということや、駅のすぐ近くということもあってか今回の旅で一番高かった宿。高いといっても二人でE130でしたが。旅にアクシデントはつきもの。

Firenzeのお楽しみはtammyさんに会うことでした。ホテルまで迎えに来てもらって、フィレンツェ初めての友人のためにまずドゥオモあたりを散策して、シニョーリア広場でお茶をしました。
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そのあと、ピッティ宮の前まで散策してジェラートが食べたくなって、イタリアのジェラートは美味しいからね。
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いろいろおしゃべりをしているうちに陽が傾いたので夜ごはんの予約をしようとtammyさんが電話をかけ始めましたが、5件ふられました。焦るtammyさん。それこそレストランはたくさんあるけれど、連れて行きたかった!というお店にことごとく満席と断られたのです。金曜日の夜だから、もっと早く電話しておけばよかったと焦るtammyさん。でも駅の向こう側の美味しいお魚料理のお店に連れて行ってくれました。有難う!
そしてホテルまで送ってくれて、何故かと言うと、フィレンツェの宿はB&B。鍵が四つ。入口の門の鍵、建物に入るための鍵、ホテルのフロアーの鍵、そして自分たちの部屋の鍵。これはローマの二つのB&Bも同じでした。
建物の入り口のカギはちょっとコツが必要。tammyさんは難なく開けてくれました。じゃあ、また明日も来るわね、とお別れして4階に上がり、ホテルの入口の鍵を開けようとしたのだけど開きません。変だわ、カギ穴が違うみたい、ガチャガチャ。中からうるさいわねえ!!!っとおばあさん。すみませんでしたあ!!!
時間で消えるライトのため、暗い階段を駆け下りてtammyさんに電話。まだその辺にいたら戻って来て~!
・・・・フロアーが違っていたんですねえ。3階でした、何故4階と思ったのかは今でも謎です。・・・アクシデントじゃなくてハプニング?

次の日もtammyさんにアテンドしていただいて、Firenzeを楽しみました。
中央市場
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ここで買ったトスカーナの生ハムが美味しかったこと。3つ真空パックにしてもらって、次のカッラーラでひとつを食べ、ひとつは息子へのお土産、もうひとつは会社の女史に。もっと買ってくれば良かったあ。

お昼過ぎにはサンタマリアノベッラ駅からカッラーラへ向かう日。前日夜断られたレストランに連れて行ってもらえることになりました。その前にバスでミケランジェロ広場へ。
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フィレンツェというとここからの眺め、という場所です。ここに来たのは初めてだったので、飽くことなく眺めていたかった。でも急がないとカッラーラ行きの電車に乗り遅れますよ!
ってことでランチのレストランへ急ぎます。
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ふわふわのポルチーニも柔らかいけど味のある仔牛肉も、まだ食べてなかったパスタもデザートのプリンもどれも申し分ない美味しさ。ガイドブックに載ってない少し街からはずれたところにある知る人ぞ知るレストラン。名前は分かりません。でも次回きっと行ける。場所が分かったから。
このお店への道、前に通ったことがある錯覚をずっと感じてました。知ってるここ、前に通ったことある、そんな錯覚。だって来たことないもの。だけど歩いたこの道歩いたよ、っとしばらく不思議な感覚でした。なんだろ?!
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9月25日の14時40分に着いて次の日の13時53分発に乗ったから、24時間居なかったFirenzeでしたが、いろんなところに行ってたくさん食べて飲んで歩いて、お話もいっぱい出来たし、なんて充実した一日だったでしょう。美術館には行かなかったけど、街中が博物館みたいなところだからね、なんて友人をごまかして。
でもほんとにいい日でした。tammyさん、有難うございました。

by yumiyane | 2015-11-14 02:17 | Italy | Trackback | Comments(6)
2015年 10月 18日

Arezzo~二日目

受験勉強をしていた高校三年の夏に、東京から姉が友達を連れて帰って来ました。
テレビ業界で働いていた姉の友人は、かなりな巨匠ディレクターでした。その方が
自分の娘はこういう学校に行かせたいな、と言われた学校は聞いたことのないところ。
私の高校には資料が無くて、一人の卒業生も居ませんでした。それが良かった。

滑り止めに受けたその学校に私は通うことになりました。
文芸学部芸術学科西洋美術史コース
就職活動するときには何の役にも立たないような学科でしたが、私はここで4年間を楽しく学びました。
今でも深く付き合っている友達が三人残っています。

絵を描くことは好きだったけど、観ることはときどき面倒くさいことがありました。特に西洋の絵には聖書を理解しないと読み解けない絵が多くありました。ただ観て心地よいとか嬉しくなるとか薄気味悪いとか色が不快だとかそういうことだけでは片付かない、訳が分からないのだけれど力強くていい絵もあったのです。
そんな時に読んだ「分かりやすい聖書」だったかなんだか、小学生向けの聖書物語。なるほど、あのシーンはこういうお話だったのか、と紙芝居を観るように謎解きが始まって行きます。
そして手にした「西洋絵画の主題物語Ⅰ聖書編」監修:諸川春樹・・・・・何度も登場してきますね。
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その本に出てきた「聖十字架伝説」
抜粋します・・・・・・
アダムは楽園を追放される時、原罪を生むもとになった智恵の木の一枝を持ち去った。その後シバの女王がソロモンを訪れた時に渡ろうとした橋がこの木で作られていた。ソロモンはその木を地中に埋める。ここまでの木の運命は旧約の世界に対応する。実はこの木がキリスト磔刑の木材になった。それは人知れず再び地中に埋められる。ローマのコンスタンティヌス大帝は夢告によって軍旗に十字架を印し、宿敵マクセンティウスに勝利した。その母ヘレナはエルサレムでついに十字架の木材を発見した。さらに十字架はペルシャ王コスロエス2世に奪われるが、東ローマ皇帝ヘラクリウスがペルシャを破ってこれを奪回、十字架はエルサレムに永遠に戻った。聖なる十字架の称賛をもってこの数奇な物語は終わる・・・・・・・・
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こんな面白い話があったら、テレビの無い時代に人々は紙芝居のようにこの絵を楽しみに見たでしょう。

そんな面白い絵があるんだあ、ってどこに?誰が描いた?
それが、ウンブリアとの境に近いトスカーナの小さな町Arezzoにあることが分かりました。

それとは知らないで観た「イングリッシュ・ペイシェント」、看護師役のジュリエット・ビノシュが傷ついたイギリス人を運ぶ途中の町でターバンを巻いた軍人に惚れられてある晩デートに連れ出される。体にロープを巻かれランタンを持って引き上げられるとそこに映し出されたのがピエロ・デッラ・フランチェスカの描いた「聖十字架伝説」でした。
その絵があの絵だ!と分かるまでに少し時間がかかりました。劇場で観た時には気づかなかったけど、テレビで放映された時あの壁画だと分かったのです。
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もうひとつの映画「ライフ イズ ビューティフル」の舞台になったのがアレッツォ。このグランデ広場の向こうの路地から自転車に乗ったロベルト・ベニーニが家族を乗せてすごいスピードで坂を下りてきました。
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いつか行く きっと行く
絶対行く
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そんなArezzoでした。
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Arezzoの宿は

by yumiyane | 2015-10-18 21:52 | Italy | Trackback | Comments(8)
2015年 10月 10日

旅をする~イタリア~アレッツォ

Romaの次はArezzoです。
当初はレンタカーで行くつもりでした。途中のOrvietoで借りてArezzoからFirenzeまで行くかなあって。
Orvietoの駅前にはAvisがあって、FirenzeのAvisの場所もチェック。このごろはGoogleのストリートビューがあるから全然迷わないで行けるようになってます。ただ実際行って見ると坂だった、ということはよくあります。
国際免許を取るのも出雲市(警察)で取るのは普通だと2週間かかるけど、松江の免許センターに行けばすぐ取得できることも分かりました。
しかし
今回は列車移動することにしたのです。結果としては借りときゃよかったな!と思うことはありましたが。
↓ はOrvietoに停車中
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Romaの駅では窓口でチケットを買うのは大変だよ、という助言があったので、Trenitalia というサイトで買いました。但しイタリア語・英語・中国語だけ、今見たらフランス語とドイツ語が追加されてた!日本語は~?
カードで購入するとメールで確認書が送られてくるのでこれを印刷して持っていくといいです。Romaの駅は以前はフリーでホームまで行けたのに、改札口みたいな入口でチケットを持っているかどうかチェックされるようになっていました。ネットで買ったせいか列車の中ではノーチェックでしたね。
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荷物の心配をするのがいやなので、長時間乗るときは1stクラスにします。
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Romaを10時30分発に乗ってArezzoに12時53分着。驚いたことに時間どおりでした。

Arezzoでの目的はサン・フランチェスコ聖堂のピエロ・デッラ・フランチェスカ(1417-1492) ↓
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の描いた「聖十字架伝説」を観ること。予約が必要なのでこれもネットであらかじめ予約しておきました。行って見て分かりましたが、シーズンでなければ前日か当日に教会内にあるチケットオフィスに行って予約しても大丈夫そうでした。
見学できるのは30分と限られています。私はArezzoに着いた次の日の朝9時半を予約しました。
なので、
ホテルにチェックインしてからの行く先は
ピエロ・デッラ・フランチェスカの生まれ故郷Sansepolcroサンセポルクロと彼の重要な作品があるMonterchiモンテルキ。
どちらもバスで行けるはずだったのに、ホテルのフロントマンに脅かされて、しかもインフォメーションセンターはお昼休みで2時半まで誰もいない。
タクシーか?レンタカーか! 
結局英語の話せる運転手がいたのでタクシーに乗ってしまいました。
約40km離れた町を二つ見学、待ち時間を入れて3時間弱で€130でした。楽ちんだったからよかったけどね。
貧乏旅行のはずだったのに奮発してしまいました。


サンセポルクロの市立美術館で観たのはピエロの「慈悲の聖母」。
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↑ マリアのマントの中で左から三人目の見上げている男は彼の自画像か?
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修復中で全部見えなかったのだけど「復活のキリスト」でも左から2番目は彼のようです。
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ピエロはダ・ヴィンチよりも40年近く前に生まれた人。とっても頭がよく、数学にも強くてすでに遠近法も研究していたらしいのです。晩年は目が見えなくなったのだけど75歳まで生きた、そのころにしては長生きでしたね。
ピエロは生前あまり知られていなかったのだけれど、100年以上経ってから同郷人だったジョルジョ・ヴァザーリ(ウフィッチ美術館とか作った人)によってその偉業が知られるようになったのです。
初期ルネッサンス、それ以前は中世のあのアイコン的な宗教画があふれていたころ、ふくよかな暖かい人間味溢れる人々、そして自然な動きのある絵を描きました。
モンテルキにあるマドンナ・デル・プラート 「出産の聖母」はピエロのお母さんの面影と言われています。
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このような絵があの当時描かれていたなんてね~!

こんな写真で紹介するのはピエロに申し訳ない気がします。実物は600年近く経っているのに、色鮮やかで、鳥肌ものです。小さな村の礼拝堂に描かれたこの絵は今はこの絵だけのための小さな美術館に飾られています。是非実物を見ていただきたい。
アラン・ドロンの「高校教師」で、おませな女子生徒を連れ出してこの出産の聖母を見せに行くというシーンがあるそうですが、そのときは礼拝堂にあったようです。この映画観なくちゃ。

ピエロのことを知りたい、アレッツォに行って見たい、と思うようになったのは2001年8月号の芸術新潮「イタリアの歓び」を読んだときでした。これは私の永久保存版です。
また、聖十字架伝説に興味を持ったのは、諸川春樹監修「西洋絵画の主題物語 Ⅰ聖書編」美術出版社 です。この本はいろんな謎解きをしてくれます。こちらも永久保存版。
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サンセポルクロの市立美術館、お宝がたくさんありましたよ。
モンテルキも山の中の小さな村だけど美術館のチケット売り場の女性はすごく得意そうでした。
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またいつか来れたらいいな。

by yumiyane | 2015-10-10 01:11 | Italy | Trackback(1) | Comments(4)
2015年 10月 06日

Roma というところ~

私が初めて訪れた外国はイタリア。
1988年の10月。
ローマ~フィレンツェ~ベネチア~ミラノ~パリ という旅でした。
それから何回訪ねたことか。

2007年、ブログを始めたばかりのころ、ローマについてこう書いています
Roma また必ず行くところ


日本から直行便でローマに着くと大体夜になります。
とりあえず宿にチェックインして一息ついたらちょっと町に出て見たくなります。
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初めてのときはたいがいここでノックアウトされます。私は、オレンジ灯に照らされた町並みに癒されました。日本に帰って蛍光灯のしらじらとした明るさがいやになります。夜は暗いもの、あんなに明るくする必要はないです。
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一緒に行ったイタリア初めての のぶちゃんもここで茫然自失。
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サンタ・マリア・マッジョーレ教会が正面に見えるカフェでアフォガードを頂いているところ。夢のようです。


夢ではないですよ~、ローマ二日目の朝です。向こうに夕べ行ったサンタ・マリアの教会が見えます。
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このパティオのある風景を何度か映画で観たことがある、って、のぶちゃん。

支度してとりあえずバチカンに行きましょう。ローマでここに行かなかった、って言われないようにしなきゃっ、ツアコン。
朝9時半ごろ着いたときは持ち物検査に20mくらいの列でしたが、帰るころは凄い人でした。あんなに人が並んでいるのは初めて見ましたね。
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登るつもりは無かったんだけどね。途中までエレベーターで上がって、そこでやめとくつもりだったんだけどね。
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やっぱり見ないと・・・・ローマを見て死ね・・・・・・あれはナポリか
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貧血で倒れるかと思いました。友人はめまい。

ミケランジェロのピエタは防弾ガラスの向こう。マリアの鼻は治っていました。
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衛兵に話しかける観光客。衣装が・・・ひらひら
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「ローマの休日」で王女が踊ったサンタンジェロ城も押さえておかないと、ツアコン。
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橋の上で、麻薬撲滅の署名を求められたんだけど、あれむやみにしてはいけないんだって。そのあとしつこく寄付を求められるから注意しないさい、とどこかに書いてありました。
いろんな人を無視したり断ったり知らんぷりしなきゃいけないところがちょっとローマの辛いところ。


橋を渡ってテベレ川に沿って歩くと、プラタナスかな?古い並木道が凄いのです。
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この道を最高裁判所まで行って、そこからまっすぐ東に向かうとスペイン広場へ。
12時20分に待ち合わせてるから、急ごうね。
ローマのJunkoさん と言えば泣く子も黙る!? 正義の味方。

おいしいランチのお店を教えてもらいましたよ。
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山盛りにしなさい!
って言われて、ほんともっと取ってくればよかった。 美味しーーーーい!!!
もう
ずーーっと喋って、このままここでお茶して話していても良かったんだけど、ツアコンの使命もあるし
Junkoさんもガイドの使命も感じて下さって、このあとパンテオンとフォロ・ロマーノとコロッセオへ。

Uターンして出雲に帰ってから歩いた2年分くらいをここで歩きました。
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そのあと、バスとトラムにも乗って、ローマ 一(いち)おいしいジェラート屋さんへ連れて行ってもらいました。
美味しかった~~レモン味の
また行きます。

Junkoさん、有難う。これまでとはまた違うローマが見れて、味わえて楽しかったです。
友人は凄いね~の連発。街も凄いけど人も凄いって、Junkoさんのことね。




つづく

by yumiyane | 2015-10-06 01:04 | Italy | Trackback | Comments(12)
2008年 12月 20日

Crema Anti-Eta

今年の7月、南イタリア・プーリアの町、Monopoliを訪れた際求めたクリーム。

モノポリの夜の広場の散歩で、Marioが広場の半分を出店が占めていて、以前はこんなじゃなかった、と嘆いていましたが、その出店のひとつで買いました。

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「アンチ・エイジ・クリーム」
この言葉に滅法 弱いです。

二つ買って、誰かにあげて、ひとつは手許に置いていました。
ある日、ひと回りくらい歳上のお友達に、少し分けてあげました。

その後電話があって、
「あのクリームを買いたいのだけれど、、、」

外見はすごく素朴な器で、ラベルも手作りっぽいのですが、
手に塗ったときの すべすべ感。
極上の感じがします。
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サイトがあることが分かったので、行ってみました。
メールのアドレスもありましたので、
英語で、
「あなたのAnti-Etaのプロダクトがとてもいいから、10個買いたい、日本にお店が無ければ、インターネットで買える方法を教えてください」
と11月29日に送りました。

1週間待っても返事が無いので、そのサイトにあった、いくつかの取扱店に同じようなメールを送りました。

12月11日に最初に送ったところから、やっと返事がありました。
「私たちのプロダクトを気に入ってもらえて嬉しい。
インターネットで購入する方法を、明日メールします」 とのこと。

しかし、今日もまだ返事が来ません。


もう少し


待ってみます。

by yumiyane | 2008-12-20 01:31 | Italy | Trackback | Comments(2)
2008年 08月 25日

Gucci る

表参道のブティック、向かいのアニベルセルからの写真。
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この騎士が抱えてるバッグ、やたらとデコラティブです。

グッチに限らず、最近のバッグはやたらと飾りが多く、「こんなのはずさないと重くてやだよー」とSimple is the best. を提唱する私はかねてから思っておりました。

イタリアはミラノ、モンテナポレオーネ通りにあるGucciの前で待ち合わせたのは、マリオの長女マリアンジェラ。彼女はイタリアで一番大きい出版社でなんとか部長をしていて大変忙しい人。
この日も 「40分しか時間がないけど会いたいわ」 ということで、向かいのカフェ・コバで待っていました。

この日の彼女のいでたちは、真っ赤なドレスにGucciのシルバーのサンダルにシルバーのデコラティブなバッグ。
は はー、イタリアではこういうことになっているんだな、と、昨今のバッグ業界の動きに納得。

で、向かいにあるGucciでの買い物を手伝ってくれることに。
事前にリサーチした店内で、シンプルなトート型のに決めていた私は、
「これにしようと思うの」と指差す、
そのときの
彼女の
がっかりした顔を 忘れません。

「ああ、これね・・・」という彼女の目はすうーーーっと店内のほかのコーナーへ。
「グッチの靴はとてもいいのよ、履きやすいの」

日本語の話せる店員が付きまとうのを振り払いながら、
「あの白い小物入れもいいと思うの」と私、
「そうね~」

店内をひと回りして元に戻り、あのシンプルトートの左隣を指して
「これがいいわ!」と彼女。
それはそのシンプルトートと同じ素材の、少しデコラティブなバッグ。

友人も私もそのころはシンプルトートがどんなにへなちょこかと思いはじめていたので、私は友人に強くそのバッグを勧めました、確かに彼女にはそっちの方が似合ってる。

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付き纏ってくる日本語の話せる店員に詰め寄られ、私は最初のトートを買ってしまいました。
かくして私は自分のバッグを、“へなちょこGucci” と名づけたのです。


右側のイケメンはマリオの息子Roberto。
このあとおいしいジェラートをご馳走になりました。

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キース・ジャレットを追いかけて日本までやってくるクレージーファンです。
ロベルトの食べているのは、グラニータ。コーヒーのシャーベットドリンクに生クリームが乗っています。
ロベルトはイギリス人が社長の会社で働いているので英語が堪能。この日の前日にアトランタからの3泊4日の出張から帰ってきたとのこと。
50歳ですが、3年前に3番目の子供が生まれたと喜んで話してくれました。
若いよね。

by yumiyane | 2008-08-25 22:59 | Italy | Trackback | Comments(14)
2008年 08月 20日

Milanoのおいしいもの

MilanoはDuomoのすぐ近く、Via Victor Hugo という通りに向かい合ってお菓子屋さんとパン屋さんがあります。
Pasticceria Giovanni Galli さん
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栗大好きの私は、マロングラッセを
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グラムで量って、6個で8.48ユーロ。
とってもおいしかったので、もっと買えば良かったとコーカイ。
ネット通販で探しているところです。

同じ通りで、Garbagnati Le Specialita' S.r.l. さん
奥はビスコッティ、手前はクッキー。ジャムの挟んであるのがおいしそう。
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これとあれと下さい、とかグラムでその辺まとめてください、とかいう買い方します。
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このパンも量り売りみたいです。
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この彼は日本語を話します。フィアンセが日本人で、秋には結婚するそうです。
おなすとグリーンオリーブの乗ってる大きめのホカッチャ2枚と、小さめの角いパン二つ買って日本に持って帰りました。トータル4.79ユーロでした。


ここは店内でカフェが飲めます。朝9時過ぎ、このあたりに住んでいると思われるおじいちゃんたちが集まってます。みんなおしゃべりが好きなんだなあ。

by yumiyane | 2008-08-20 22:29 | Italy | Trackback | Comments(10)